文筆家・入江 杏さん|悲しみとともに生きる#2

私の「いま」が戻った瞬間――被害者遺族の心の軌跡

私の「いま」が戻った瞬間――被害者遺族の心の軌跡

公開日:2023年12月28日

私の「いま」が戻った瞬間――被害者遺族の心の軌跡

世田谷事件の遺族である入江 杏さんは、大きな喪失からの再生を模索する中で、悲しみから学ぶ「グリーフケア」にたどり着きます。入江さんが生きる力を取り戻すきっかけとなったのが、姪のにいなちゃんが遺した1枚の絵でした。

悲、哀、愛……かなしみのさまざまな表し方

悲、哀、愛……かなしみのさまざまな表し方

以前、批評家の若松英輔さんと対談したときに、「かなしみはさまざまな漢字で表現される」ことを教えていただきました。

「悲しみ」は身がくだかれそうになる思い。
「哀しみ」は他者のかなしみを自分ごとのように感じること。
「愛しみ」は愛する者の喪失による愛の発見。
「美しみ」はかなしみのそこにひそむ美。
「愁しみ」は自己のかなしみを超え、歴史、あるいは人類のかなしみに触れたときの心持ち。

悲しみはひと色ではなく、とても豊かなものなのだと改めて感じます。そしてその豊かさゆえなのか、心の中で、常に揺れ動く感情でもあります。

例えば 「今抱いている悲しみを忘れない」と思うときもあれば、「忘れてしまいたい」「忘れてしまいそうで怖い」と思うときもあるでしょう。あるいは「大切なあの人にだからこそ、私の悲しみを話したい」「今はまだ話したくない」というふうに、気持ちが行ったり来たりすることも、あるかもしれません。

悲しみにふくまれる、一見、相反するように思える感情を、どちらかに調えたりせず、矛盾を矛盾のままに受けとめていいんです。悲しむことを避け、目をそむける社会は、どこか無理をしていると感じます。

負の感情に向き合い、関わることには時間もかかるでしょう。「自分らしく、自由に、十分に悲しんでいい」。悲しみに学ぶグリーフケアからの大切なメッセージです。

なぜ助けてやれなかったのか……自分を責め続けて

私が「自分らしく、自由に、十分に悲しむ」ことの大切さに気付いたきっかけの一つを、お話ししたいと思います。

妹一家の命が何者かによって奪われてからずっと、私は自分を責め続けていました。

我が家と壁一枚隔てた隣の家に住んでいた、妹のやっちゃん、夫のみきおさん、にいなちゃん、礼くん。何度も何度も助けてと叫んだはずなのに、どれほど生きたいと願っただろうに……。「助けられなかった、ごめんね」と、心の中でただ繰り返す毎日でした。

悲しみの中、私はにいなちゃんのお葬式の日に、担任の先生から手渡され、そのまましまっていた一枚の絵を取り出しました。にいなちゃんが国語の授業で取り組んだ絵で、教科書にも載っている『スーホの白い馬』という物語の一場面を描いたものです。

にいなちゃんが描いた『スーホの白い馬』の中にある、スーホと仔馬の出逢いのシーン(写真提供=入江杏さん)

山中で迷っていた仔馬をスーホが助け、抱きあげている、出逢いのシーン。その絵を見るなり、私は涙があふれてきました。仔馬を助けたスーホのように、なぜ私はあの子たちを助けてやれなかったのか?

私は絵を額に入れようとして、ハッとしました。スーホの傍らに、物語には出てこない、少女の羊飼いが描かれていることに気付いたのです。頭にバンダナを巻き、微笑むその姿は、私が最後に目にした、にいなちゃんの佇まいそのままでした。

にいなちゃんの絵から受け取ったメッセージ

最後に妹一家4人を見たのは、事件発覚の1日前、12月30日の午後のこと。お正月を迎えるために、玄関の扉を家族4人で拭き清めて、松飾りをつけようとしていました。煤よけのために、バンダナを頭に巻いていた子どもたちの、そのかわいらしい姿が絵の中に描きこまれている!

4人の笑顔がまぶたに浮かんできました。同時に、私を支えてくれている夫、息子、母の存在が、確かなものに感じられました。その支えに感謝して、生きていこう。そう思いました。「いま」が戻ってきた瞬間でした。

『スーホの白い馬』は、モンゴルの伝統楽器「馬頭琴(ばとうきん)」の由来にまつわる民話です。羊飼いと白馬の出逢いから始まる「喪失と再生の物語」は、非業の死を遂げた愛馬の遺志から生まれた馬頭琴の調べが、人々の心を慰めた、として幕を閉じます。

遺された者が亡くなった者の志を形にして社会に繋いでいく――。

にいなちゃんが最後に遺した絵が、そんな物語を描いたものであったことに、不思議な巡り合わせを感じました。私も、スーホのように遺志を聴きとり、私にできる形で、社会に繋いでいくことができたら……。そんなふうに思うようになったのです。

悲しみの中にある負の感情も隠さず、解き放つ

自分にできることが何かないかと考えていた折、地域の小学校で、子どもたちに、本を紹介する図書の授業を受け持つ機会に恵まれました。

あるとき、以前から風景描写に使っていた透明水彩絵の具を手に取りました。絵の具をたっぷりの水で浸した筆で溶いていくと、涙のような水の溜まりに淡い色が広がりました。溶いた絵の具を筆に含ませ、画用紙にさっとひと刷毛描いたとき、風が吹き抜けるような感覚がありました。

「こんなに解放されるんだ」

理屈ではない感情でした。私はひたすらシャボン玉のような、水の輪のような大小の丸を描きました。春風のような、そよぐ草のような長短の波形を描きました。

私が図書の授業をしていた学校のスクールカウンセラーだったのが、倉石聡子さん。アートセラピーを専門とする倉石さんの話を聞き、悲しみと芸術の関わりにどんどん惹きつけられていきました。

「うまい・へた」という視点を持たず、アートを媒介にコミュニケーションを促すアートセラピー。倉石さんは「好きな水彩のタッチを、味わってみてください」と言ってくださり、そうして描き続けた円形や波形は、いつしか、妹一家が家族写真を撮っていた公園で光を浴びて咲く、小手毬(こでまり)の花に見えました。

何かを描こうと思うことなく、心の赴くままに水彩のタッチを楽しみ、やがてそれが『ずっとつながってるよ こぐまのミシュカのおはなし』という創作絵本に結実しました。

悲しみの陰には、しばしば恥の意識や、自分を責めてしまう気持ち、怒りといった感情が隠されています。それらを負のものとしてしまいこんでしまったことが、悲しみからの回復を妨げる要因となることもあるでしょう。

そんなとき、アートの力を借りて、自分を解き放つことも、また大切です。悲しみを生きる力に変えるには、美しいものの力もまた必要だと感じるのです。

次回、最終回は、人との出逢いについて、お話ししたいと思います。

入江杏(いりえ・あん)
1957年(昭和32年)、東京都生まれ。ケアミーツアート研究所代表、「ミシュカの森」主宰。上智大学グリーフケア研究所非常勤講師。世田谷事件の遺族の一人。著書に『悲しみを生きる力に――被害者遺族からあなたへ』(岩波ジュニア新書)他、編著に『悲しみとともにどう生きるか』(集英社新書)。2022年6月に『わたしからはじまる 悲しみを物語るということ』(小学館刊)を上梓した。

取材・文=田島良子(ハルメク編集部) 

※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年2月号に掲載された内容を再編集しています。

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