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- 一人の人間として問題に向き合い続けた石牟礼道子さん
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、活動家の「石牟礼道子」さん。生涯をかけて水俣病患者と胎児性患者に向き合い続けた石牟礼さん。約束を胸に生きた彼女の人生とは…。
好きな先輩「石牟礼道子(いしむれ・みちこ)」さん
1927-2018年 作家
熊本県生まれ。代用教員、主婦を経て、58年から文学活動を始める。『苦海浄土』で患者の代弁者として水俣病を描き、『天の魚』『神々の村』で水俣病三部作を完成。他に『西南役伝説』『十六夜橋』など。
先人たちの残したものを次世代に伝える
今生(こんじょう)における自分の務めについて、わたしはこう考えています。
この世から旅立った人びとの残したものを受けとめ(少なくとも受けとめようとし)、実行し、次世代に伝えてゆくこと。これを支えとして、生きてゆきたいという考えです。
2018年2月石牟礼道子の死が知らされたとき、大変なことになった、と頭を抱えました。
この世が石牟礼道子を失ったことに対する危機感と、あの世に石牟礼道子を送ったあとの自分の務めに対する動揺が一度に襲ってきたのです。
あらためて代表作『苦海浄土』(藤原書店)を開いて読みふけっていまに至っています。
半世紀にわたって、文明の病としての水俣病(※)と向き合った石牟礼道子。出発点は水俣に住む一主婦でした。詩を書くひとりの女(ひと)でした。
「自らにとっての水俣病を書く」という約束を胸のなかで燃やしつづけた生涯。とりもなおさず、それは「生きているというのは、どういうことか」を探し求める労作となりました。
活動家でもジャーナリストでもなく、道子さんはひたすらに個人として水俣病患者とその家族の友となり、ことに胎児性患者として生きている人々にとっては姉のような存在となる、そんなひとでした。
全人生をかけて「約束を果たす」ということ
そういうことなら、わたしにもできる。と、思ったとします。1日、いや1時間くらい友だちらしいことを云(い)ったりしたりするのではない、全人生をかけてまるごと友だちであったのが石牟礼道子です。
『苦海浄土』3部作は1144頁から成る大作で、完結までに40年の歳月があります。
読まなければと思ったし、読めば自分の何かを変えることができると確信もしていたのに、分厚いこの本をわたしはなかなか開けませんでした。50歳代になって、初めて読んだことを白状いたします。
読後、わたしは悲しみの日、悩みの日、迷いの日にこのときの読書から力を得るようになっていました。
書き出しは、こうです。なんと懐かしくうつくしい情景でしょう。
年に一度か二度、台風でもやって来ぬかぎり、波立つこともない小さな入江を囲んで、油堂(ゆどう)部落がある。/湯堂湾は、こそばゆいまぶたのようなさざ波の上に、小さな船や鰯籠(いわしかご)などを浮かべていた。子どもたちは真っ裸で、--
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2019年6月号を再編集し、掲載しています。
※水俣に設立された企業(チッソ)は1932(昭和7)年ごろから工場排水として有機水銀を含む有害物質を大量に排出。これが環境を汚染し、食物連鎖を経て、人体に取りこまれて起きた公害病。胎児性患者の存在も証明された。水俣病事件に含まれるたくさんの問題は、現代の問題に共通している。
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