いつまでも現役でいたい!

人に寄り添いたくて始めた「占いおばさん」

春ちゃん
2019/04/09 16

60歳のとき、人に寄り添って生きるために「占いおばさん」になった春ちゃんさん。今回は「占いおばさん」になったきっかけを語ってくれます。

占いイメージ
※イメージ
【目次】
  1. 「易学校」で学んだこと
  2. 人に寄り添って生きていきたい

「易学校」で学んだこと

40歳の時、パート勤めの合間の余った時間を有効活用するため電車で30分かけて「易学校」へ5年間通いました。

「易学」とは、簡単に言ってしまえば占いを学ぶ学問です。

お互いに「易学」を学ぶ者同士刺激を与え合い活気づいていて、居場所のなかった私は教室へ入るとホッとしました。

60代の女性の先生はスーツ姿で2時間教壇に立ち、一生懸命に私たちに「易学」だけでなく人生に必要なもの、大切なものを教えてくれました。

先生は易学だけでなく、生き方も私に教えてくれたのです。

私はつらいときも、その先生の凛とした姿を思い出し、自分に重ね合わせることでがんばることができました。

60歳の時、度胸試しに表参道の一角で立ち占いを始めてみました。念願叶って若者の街で「占いおばさん」が誕生したのです。

人に寄り添って生きていきたい

易学イメージ
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子どもの頃はいじめっ子のガキ大将だった私。今でこそ「人に寄り添いたい」という思いで占いをしていますが、それは昔の私からすれば考えられないとてつもない野望でした。

なぜ「人に寄り添いたい」と私が思うようになったのか……。それは20年以上も前にさかのぼることになります。

2人の子どもがいる中、家計のために私は働きに出ることにしました。

当時は女が働く=工場でミシンかけといった状況の中、私は半日だけ普通の企業でパートとして働き出しました。私はミシンかけが苦手だったのでそうするしかなかったのです。

しかし、まだ女性が働くということに寛容ではなかった時代です。

ママ友や近所の人達は、子育て中にもかかわらずパートとして社会に飛び立った私に、

「女なのに家も守らないで」

「子どもをほったらかして」

などと心ない言葉をぶつけ続けました。

そのときは「出た杭は打たれる」ということで親友さえも助けてはくれませんでした。

そんな状況で弱ってしまった私は女の渦巻く嫉妬の中、たったひとり孤独に本を読んだり、エッセイを書いたりしていました。

そんな中でも、映画やコンサートに出かけては、いろんな人との会話から元気付けられました。

私はひとりで生きているのではなく、たくさんの人たちに支えられて生きているんだと実感したのです。

悩み苦しんだ分、人や時間の大切さを知り、孤独な中いろんなものに挑戦し、貪欲に生きられたと今にして思うのです。

悩み苦しみながら、人は一生懸命生きているのだ、と。

だから、私は「人に寄り添う」ことをずっと続けて生きていきたいのです。

「人生悔いなし」と思えるまで、いつまでも「占いおばさん」として現役でいたいと思います。
 

春ちゃん

埼玉県 /73歳
埼玉県 /73歳

高校卒業後、会社で5年働きました。24歳で結婚し今年48年目を迎え、現在は夫、長男と3人家族で住んでいます。子育てとパートをしながら習った易学で、埼玉の「占いおばさん」として、人に寄り添いながら占い活動をしています。床についてからもできるので、エッセイを書くのが趣味。

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