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- コロナ禍で思い出した作品 孤独と月とマンハッタン
リアルタイムで手塚治虫を読み東映作品を見て育ち、累計鑑賞本数は1500本以上。「漫画・映画・アニメは私にとって酸素のようなもの」と語るK・やすなさんが、孤独や世の無情をテーマにした映画や漫画を紹介してくれました。最後はほっこりするお話も。
映画「ロスト・イン・マンハッタン」で知るアメリカのホームレス事情
「STAY HOME」が叫ばれる中、homeのない人たちは……?
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。目に見えないウイルスのために、日々の生活がこんなに変わってしまうとは思いもよりませんでしたね。
毎日嫌でも目に飛び込んでくる、コロナウイルス関連のニュースの中に、アメリカのホームレスに関するものがありました。画面には、感染対策のため、閉鎖された収容施設から退去させられるホームレスの人たちが映っていました。彼らの行き先は屋根もない舗装した駐車場でした。ここで直に横になって夜を過ごすとのことでした。
私はアメリカの厳しい対応に驚きました。その後の経過や、感染抑制効果についての続報を入手できなかったので、独断的な批評は差し控えますが、日本では公的にはできないことだと思いました。
そして、思い出したのが、映画「ロスト・イン・マンハッタン」でした。リチャード・ギア主演でこんなタイトルだと、オシャレな映画のようですが、全く違います。なんと! 彼の役はホームレスです。
「マンハッタン」とか「ロスト・イン・トランスレーション」などの映画の雰囲気はありません。「?」な副題も付いています。原題は”time out of mind”。自信ないので訳は書かないでおきます。
配給会社の事情で、的外れで既存作品にあやかったようなタイトル付けられている映画もあるので、私は映画を見るときは原題をチェックするのが習慣です。昔の映画にもやたら「華麗なる〇〇」とか「〇〇愁」とかがタイトルに付いていましたね。
さて内容ですが、妻をとうの昔に亡くし、娘とも絶縁状態の主人公(リチャード・ギア)は、居候していた女性の同居人がいなくなったか死亡したかで(あやふやですみません)、アパートを追い出されます。そこからリチャード・ギアの孤独なホームレス生活が始まるのです。
雨露をしのぐ場所や食べ物を求めてマンハッタンをさまよい、保護施設を転々とする様子が、色調を抑えたドキュメンタリータッチで描かれます。
公的な補助を受けたくても、ホームレスである自分を証明するものがないと役所は取り合ってくれません。「それができないからここに来てるのに!」みたいなことを叫ぶをシーンを見たときは、「どんなことがあっても自分を証明する手段は確保しておこう」と固く思いましたっけ(笑)。最後の手段で、出生証明書を取るために娘に会いに行く決心をした主人公ですが……。
現在のコロナ禍で、実際このような人たちは今どうしているのかと、ニュースを見て思い出してしまったというわけです。
何年か前、リチャード・ギアが、某清涼飲料水のCMで「男はつらいよ」のフーテンの寅さんの外国人版に扮していたのをご存知の方もおいででしょう。これって、「ロスト・イン・マンハッタン」の制作より前のことなんですよね。
フーテンからのホームレス……嗚呼、リチャード・ギア!
月面の孤独な人々 鉄腕アトム「イワンのばか」
私は「おひとりさま大好き」を公言していますが、それは帰る場所があり自分を証明するものがある上で、都合よく選んでいる孤独です。だからこそ楽しめることを感謝しています。これが強制されたものならば耐えられるでしょうか。
こんなことを考えるとき、すぐ思い出すのが、「鉄腕アトム」の「イワンのバカ」という話です。
この話は、月の裏側でロケットが故障して地球に帰れなくなったソビエトの女性宇宙飛行士のエピソードが軸になっています。女性飛行士は旧式の単純なロボット・イワンとともに月での過酷な生活の果てに亡くなります。作品の発表が1959年なので、「月には酸素はあるが、月の裏側と夜は厳しい環境になる」という設定です。
そんな月にアトム一行が不時着して、救援を待つ間に、その昔のソビエトのロケットの残骸を発見します。ロボットのイワンはまだ動いていました。残されたテープレコーダー(昭和ですから)によって、女性飛行士の生涯と、巨大なダイヤモンド発見の事実を知ります。
そうこうするうちに、救助ロケットが来ることになりました。前述したように、月の環境は過酷なのでタイムリミットがあるのですね。そこにお約束の悪役登場。ダイヤモンド欲しさにこっそり月にやってきました。ダイヤモンドは女性飛行士がイワンの耳飾りにしてあげたのですが、彼女が亡くなると、彼女とともに墓にイワンが埋めてしまいました。
悪役が墓を荒らしているところにイワンがやってきました。そして、悪役を抱きかかえると、亡き主人の代わりのようにロケットに連れて行ってしまうのです。
月に残されたイワンたちの上に降るのは雪……。
気丈に生き延びるために行動する一方で、イワンに帰りたいと泣きつく女性の孤独、機械とはいえおそらく壊れるまで動き続けるロボットの哀れなどが、私の子ども心に強く残ったのでしょう。そして、欲のため月に閉じ込められた男の絶望、やがて来る死の予感がとどめを刺したようです。
手塚先生はどれだけ子ども心にトラウマを植え付けてくれたことでしょうか。手遅れですが、子どもに与えるものは選ばないといけませんね。かわいそうな話ばっかり覚えているのですが、そもそも鉄腕アトムってかわいそうな話なのかも……。
月面の孤独な人々「月に囚われた男」
さて、時は半世紀以上過ぎ、その名も「月に囚われた男」。デヴィッド・ボウイのご子息ダンカン・ジョーンズが監督したSF映画です。私はその事実だけで見に行ってしまいます。原題はずばり”moon”です。この作品も舞台は月の裏側です。
近未来、地球上の燃料不足のため、月の裏側にエネルギー採掘施設が作られています。そこにはサムという男がロボットとたった一人で働いています。通信不良で、妻と娘とは一方通行の録画メッセージでしか話せません。育てている植物に話しかけたりしています。孤独あるあるですね。
もうすぐ3年間の任期が終わるというところで、サムは屋外で事故を起こしてしまいます。施設内で目覚めますが、何かがおかしい……。
これは、ネタバレ厳禁の映画なのでここまでです。鑑賞中に、ちょっとした違和感を何度も感じるのですが、そのシーンを覚えておくと、より楽しめるとだけ申し上げておきます。
見えないからこそ、想像力をかきたてる月の裏側です。金属生命体トランスフォーマーの墜落した「宇宙船¹」とか、「ナチス第四帝国の基地²」とか、実はとんでもないものが潜んでいるのです。
※1 映画「トランスフォーマー/ダークサイドムーン」2011公開
※2 映画「アイアン スカイ」2012公開
孤独は苦い贅沢品。独特の寂寥感をたたえた市川春子作品
「寂しいのは悪いことではない。他の存在に感謝できます。孤独は生まれてから塵に帰るまでの苦い贅沢品です」(市川春子著『25時のバカンス』より)。
ある日このセリフが心にしみて、書き写して持ち歩いていたこともあり、以来私の心の支えにしている言葉です。
作者の市川春子は現在『宝石の国』を連載中で、この作品はアニメ化もされたので、知名度が上がってきたようです。白と黒のコントラストがはっきりした簡潔な線の画風で、作中あまり説明してくれないので、フキダシのないコマも読み飛ばせないタイプの作品です。
以前ご紹介したオノ・ナツメも似たようなタイプかもしれません。しかし、オノ・ナツメの話作りがイタリアなり江戸なり、現実を土台にしているのに対して、市川春子は現実のように見えるものの中に異質なものを潜ませます。乾いた怖さや気持ち悪さがあって、私はそこに引き付けられます。庭いじりしていたら、蝉の抜け殻がまるで死骸に出くわしたような……。
先に引用したセリフは二番目の短編集『25時のバカンス』収録の表題作中に出てきます。
海洋生物研究者の女性が新種を発見して、育て始めます。実は彼らは知性があり言葉が話せます。そんな生物が深海に帰るときに残した言葉が、先に述べた言葉なのです。(話はこれで終わりではないのでご安心ください)。
この本には『月の葬式』という、月世界人最後の生き残りの青年と、受験生の青年の交流を描いた作品もあります。
市川作品は設定や世界観がユニークなので、興味を持たれた方は、『宝石の国』の前に既刊の2冊の短編集をご覧になることをお勧めします。不思議で哀しく、世界の秘密を教えてくれる話が詰まっています。
『宝石の国』は、人類が滅びた地球と思しき星が舞台。長い年月の果てに人の形で動けるようになった宝石たちと、彼ら(性別不明ですが)を捕獲しようとする月人たちの物語です。ここでも「月」は重要な舞台です。
月に関わる作品を結構思い出してきたので、月見の頃にでも、またあらためてまとめてみましょう。
この作品も孤独つながりで、簡単にご紹介します。
『有罪無罪玩具』は、『このまんががすごい!2020』という賞にランクインしている、哲学的で幻想的な作品集です。この中の「虚数時間の遊び」は、夜に自分以外の世界が止まってしまう話です。
なぜか自分だけは不老不死で、過ごした時間をカウントしながら何億年も一人遊びをしながら生きていくという、究極の孤独の話です。世界が何度も滅びても、たった一匹で空気の中を漂い続ける、不死の人魚の話もあります。
デザートに温かいものはいかが?『よつばと!』
みなさまを孤独な世界に突き落としっぱなしでは申し訳ないので、人と人との関わり合いが楽しい、ほのぼのとした作品で締めさせていただきます。
『よつばと!』は、5歳の女の子「よつば」と「とうちゃん」こと小岩井さん(独身 年齢不詳)の日常のお話。在宅で翻訳をしているとうちゃんは、よつばをどこかの外国から連れてきて育てています。よつばは好奇心旺盛で活発な女の子です。こんな二人と、お隣の三姉妹一家やご近所さんたちとの日常がつづられていきます。
よつばのやることなすことがとても愉快なので、読むたびに、心地よい笑いが込み上げてきます。登場人物たちの何気ないやり取りも楽しい漫画です。子育て漫画としても読めると思います。
とうちゃんは、よつばの遊びにとことん付き合います。部屋を汚しても物を壊しても、悪意のない行動の結果なら決して怒らないのです。そして、叱る点はきちんと叱ります。とうちゃんご立派! 私はこんな子育てできませんでした。
世界13か国で出版されている人気作品です。続巻を楽しみにしていますが、2~3年に一度のペースなのが残念です。
本日の作品
- 『ロスト・イン・マンハッタン』 2014年 日本ではTV放映のみ 販売配信あり
- 『イワンのバカ』鉄腕アトム31話 1959年発表 各社発行の全集に収録
- 『月に囚われた男』2009年
- 『虫と歌 市川春子作品集』2009年 講談社」
- 『25時のバカンス 市川春子作品集Ⅱ』2009年 講談社
- 『宝石の国』2013年~ 既刊10巻
- 『有害無罪玩具』詩野うら 2019年 KADOKAWA
- 『よつばと!』あずまきよひこ 2003年~既刊14巻
【次回予告】
続きを知らないなんてもったいない! 実写化作品のその後(ネタバレなしです)。
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