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新しい出会いを大切にする翠さん。前回に引き続き、2019年の夏に暮らすように旅した、北海道での思い出をつづります。
ハリネズミの夫婦
前回の記事はこちら「釧路・街暮らし」
2019年夏、2週間だけ暮らすために夫婦で北海道の釧路にやってきた。
市役所で発行された市民カードを持ち図書館へ行き、図書貸し出しカードを作ってもらう。
手始めに釧路出身の作家・桜木紫乃の書架を一冊づつ制覇しようと……、ホテルで朝食を食べると図書館へ通う毎日。
釧路の図書館はよく工夫されて明るく開放的、しかも居心地の良い窓の広い、コーヒーなども飲みながら本が読める場所が確保されている。
「もっと、素敵よ」と言う市町村の図書館もあるのでしょうが私には釧路図書館はとてもおしゃれで居心地がいい場所だ。だから毎日通う。
ホテルでの部屋をシングルで一人ずつ使っている我が夫婦は、朝ご飯の時に顔を合わせるときがあるか、図書館で出会うこともあった。
「おや、お元気ですか」などとアイコンタクトで別れていく。夫は今日、釧路のどのあたりに出没するのか想像しながら、本を借りてから私も図書館をあとにする。
貸自転車は3時間200円、気楽に使える。借りに行くと係りの人に「ご主人は先ほど出発しましたよ。」と言われ、すっかり貸自転車部門では顔なじみになっている。
そして、自転車で市内を一巡りしカフェに立ち寄ると夫が座って新聞を読んでいたり、お昼を食べにレストランで座っていると入口に空席を探す夫の姿を見つけるときもあった。
そんな時は「おや、お久しぶりでした。今日はどちらへ?」などとお互いの出かけた先で何を発見したか、何を食べたか、などの報告会開催となる。
我が夫婦は二人とも一緒に居ても苦痛ではないが、どちらかと言えば一人で過ごして居たいタイプなのです。私は勝手に「ハリネズミの夫婦」と呼んでいる。
「愛はあるけど近づくとお互いの針で刺してしまうのでなるべく離れて過ごして居るのです。」と説明することにしている。
ハリネズミも一緒に過ごすときもある
釧路は晴れた日は夕日が素晴らしい。しかも幣舞橋(ぬさまいばし)付近から海に沈む夕焼けは最高である。幣舞橋を上がったところに個性的な市の建物が左手にあり市民のよりどころになっているようである。その10階にレストランがあり釧路の景色が見渡せるので度々利用する。そのメニューに「夕焼けセット」があり、ビールやカクテルなどの飲み物3種とプレートのお得なセットが楽しめる。
「夕焼けセット」を前日に予約をし、夕方レストランで落ち合うことにする。
夕焼けも過ぎて夕やみ迫る頃までハリネズミの夫婦もたまには二人の時間を楽しめました。
ハリネズミの夫婦もたまには寄り添うのです。
ハリネズミ、カモメに負ける
毎日乗っていた「春採湖」へ行くバスは、終点が「昆布森」という名前だ。
なんと想像を掻き立てるネーミング! 「どんな漁村だろう、昆布が取れるのかな、おいしいお寿司屋さんがあるんだろうな、そんな静かな漁村で一人ビールでお寿司を楽しもう」……もう、私の頭の中は毎日「昆布森」でグルグルしている。
で、ある日ホテル前のバス停から終点の「昆布森」まで実際に行ってみることにした。ほぼ1時間のバス旅の始まりだ。
市民病院を経由、春採湖を通り過ぎ、ひぶな坂を超えて住宅地をバスは進む。市街地をすぎ、緑が多くなってきて、右手に海が見えるようになる。
道もだんだん細くなり漁村風景が見えてくる。もう私の心はワクワク、るんるん、まだ見ぬ「昆布森」であふれている。
たくさん乗っていた乗客も一人降り、二人降りして終点に到着するときには私のほかにもう一人の男性だけになっていた。
さて、辺りを見回すが……何もない!誰もいない! 家々の間を歩いて庭先に立っていた住民に声をかける、「この辺りにお寿司屋さんとかお店はどこにあるのでしょうか?」、かえってきた答えは「何もないよ」だった。
ええ~、そうなの。お寿司屋さんはないのか……。仕方なく漁港に停泊する船だまりに向かって歩く。陽は高く真上から陽射しが強いので帽子を目深にかぶる。漁協の建物に向かって歩いているとカモメがスーッと飛んできた。そして次にもう一羽、帽子すれすれに、続いて数羽のカモメが次々に飛来する。
「え、もしかして私が狙われているの!?」もう完全にカモメの餌食状態。
漁村も船も海も景色もお寿司屋さんも、何もかも一瞬で吹っ飛んだ。帽子を深くかぶり直し、大きな声で鳴き交わすカモメに追われてスタコラサッサと港をあとにして逃げ出したのだった。
バス停に急いで走って戻ってみる。さっき乗ってきたバスがまだ止まっていた。
この後は3時間ほどバスがない。南無さん、バスに駆け込んだ、「ああ、助かった。」
昆布森にはあてにしていたお寿司屋さんも無く、カモメに追われるし、這這の体で逃げるしかない。同じ道程を、同じバスに乗って、1時間揺られて、ホテルまで逃げ帰ってきたのだ。
恐るべし昆布森のカモメ。
その日、ホテル近くのカフェに一休みに行くと夫が先に来ていた。おもむろに向かいのソファに座った。昆布森でいかに楽しく過ごしたかをいっぱい話したかったのだが、すっかり失敗談になってしまいカモメに追われて帰ってきたと話すと大いに笑われた。
その日の夕食は居酒屋で二人、飲んで食べて釧路の街の良さをお互いがてんこ盛りで自慢たっぷりに話す。
もちろん、酒の肴は昆布森のカモメの件だったことは言うまでもない。
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