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公開日:2019年05月02日
有松の絞り染めと小物作り
針仕事が趣味の翠さん。今回は、てぬぐいにまつわる有松の歴史や街の魅力をご紹介します。また、てぬぐいを活用した翠さんのすてきな手作り作品もぜひご覧ください。
昨今、「てぬぐい」の人気が高まっているようです。
和雑貨売り場に行けば、和風な柄に交じり、思いもつかないような色使いや柄の楽しさに驚くばかりの「てぬぐい」の数々が目を引きます。
用い方も、ハンカチ代わりに、敷物代わりに、壁掛けにも、あらゆる場面に溶け込んで工夫され、活用されていいます。
ちょいと「てぬぐい」について調べたところ、平安期に神事の装飾として用いられたものの庶民生活には浸透せず、江戸期になり綿花の栽培が盛んに行われ、生活の中に取り入れられたようです。
名古屋,かつての尾張藩有松(ありまつ)地区では絞り染めが盛んに行われています。江戸時代初期、東海道筋の有松は人通りも少なく物騒な荒野だといいます。尾張藩は街道警護のため知多半島からの移住者を募ります。
移住の目的は街道警護ということで腕っぷしが強いものが多く住み着いたようです。しかし、有松の隣には鳴海(なるみ)宿があり距離的にも近いので、有松が間宿(あいのしゅく)の役割を果たし賑わうこともなく、そうかといって少し高台にあるため耕作地としても不向きだったそうで、それでも生活の糧を何とかしなくてはなりません。
名古屋城築城の折、九州から築城に来た武士たちの使う「てぬぐい」の絞り染めに目をとめた賢い人が有松にはいたようです。すでに作られていた三河木綿に絞りの加工を施し「てぬぐい」を作り始めます。
有松では絞り染めの技術が進み、街道を行く人々に供給されていきます。
有松は全国の絞り染めの大半を制作し押しも押されぬ絞り染めの産地としての地位を獲得……と、なりそうなのですが、隣の鳴海宿でも豊後の絞り染めに倣って盛んになっていきます。
本家本元は有松だ、いや鳴海だと、ご多分に漏れず揉めますね。
しかし、尾張藩では有松の独占権を認めつつも、下請けには鳴海などに加工を出すなどしてこの辺りでは絞り染めが発展していきます。
現在でも、絞り染めで財を成した者の邸宅などが鳴海地区には多数残り、よい風情を保っています。今も有松の家並みのすぐ後ろを流れる小さな川がありますが、当時は盛んに「てぬぐい」加工の際に着いた糊や染料を洗う用途に、この川が活用されていたのです。
もし有松を訪れたら、少し住宅の裏路地を入り小さな川の流れに往時の光景を思い浮かべながら川を覗いてくださいね。
古い邸宅や商家のたたずまいを残しながら、有松は今も着々と進化をしています。
古い商家は絞り染めを販売するだけに留まらず、カフェや趣のあるパン屋になっています。古色豊かな絞り染めの技法のほかにも、新たな技法や染色技術を用いて、高級品から買い求めやすい生活に取り入れやすい絞り染めが盛んに作られ販売されています。
また、有松は古さのある伝統的な街ながらも、若者の感性や他の土地から移り住んでくるのデザイナーを受け入れる努力もしていることがうかがい知れる点も魅力になっています。
「てぬぐい」に留まらず、絞り染めはそれなりの新たな歩みを始めているのではないのかと……、無限の楽しみ方を広げてくれているように思うのです。
伝統を守りつつ、斬新なテキスタイルの分野を開き、絞り染めの可能性を追い求めている有松の街を是非歩いてみてほしいです。
何を隠そう私はハンドメイドが大好き。時間があれば針を持ち、ちくちくタイムを楽しんでいます。
先日、職場の同僚からお土産の「てぬぐい」をいただきました。手にしていると木綿特有の肌触りのよさに癒やされます。
そこで、「てぬぐい」としての役割だけでなく、色々な場面で活用したいと思い、さっそく針仕事に取り掛かりました。
「てぬぐい」をまず三分割してハサミを入れます。新品の布を切るのはいつもドキドキします。
そして出来上がったのがこちらのポーチです。
赤い布と合わせたり、紺色の合皮と合わせて三分割の2枚分でポーチが4個できました。
残りの三分の一は「てぬぐい」本来の使い方を……と、タオルと二枚合わせにして給水力をあげたタオルハンカチの出来上がりです。
その後もタンスの引き出しをもぞもぞと探していたら、桜柄の「てぬぐい」も発見。
こちらも使いやすい大きさのポーチを作りました。
作ったポーチは、お世話になった方や名刺代わりに出会った方にお渡ししています。
「てぬぐい」の違う用途もまた楽しいかなと、今日も針仕事を楽しんでいます。
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