推しとの距離、ファン同士の嫉妬、夫婦の変化まで

【体験談】56歳カナコ・推し活の熱狂の先に見えたもの(後編)

【体験談】56歳カナコ・推し活の熱狂の先に見えたもの(後編)

公開日:2026年03月23日

【体験談】56歳カナコ・推し活の熱狂の先に見えたもの(後編)

地方遠征まで考えるほど推しに夢中になる56歳カナコさん。推しから認められる喜びを味わう一方で、ファンの嫉妬や噂に傷つく経験も。コロナ禍と更年期のつらさの中で出会った声優にハマり…50代リアルな推し活体験・後編です。

「完全に沼」朝起きるとグッズに挨拶する毎日

「完全に沼」朝起きるとグッズに挨拶する毎日
metamorworks / PIXTA

前編の話はこちらから。

推しの声優のライブに行ってからは、今の言葉でいえば完全に沼でした。底なし沼です。

朝起きると彼のグッズに挨拶して、パートでもそれまで以上に張り切って働きました。次のライブにはいつ行こう、遠いけれど地方まで遠征してみようか。そんなことばかり考えていたんです。

Mさんにプレゼントを渡している人もいました。M友さんに聞くと、高価なものは受け取ってもらえない決まりがあるらしい。でも、何か渡したい。そう考えた末に、自分で描いた絵を贈ろうと思いました。

絵が得意というほどではないんです。でも、もともと少しデザインを学んでいたので、描くことは嫌いではありませんでした。本当は画家になりたかったんです。けれど、「画家なんて食べていけるわけがない」「結婚が遅くなる」と親に反対されました。

うちの親は、「女は結婚してこそ幸せになれる」という価値観の人たちでした。だから私は、ずっと自分の本当の気持ちに蓋をして生きてきたんだと思います。推し活をしているうちに、そんな自分の人生まで見えてきたんです。

推しに褒められた一言が、止まっていた自分を動かす

次のライブで、ハガキ大の紙に描いたMさんの肖像画を贈りました。すると彼は、「うわ、すごい。本物よりずっといい男じゃないですか」と、大きな笑顔で言ってくれたんです。

それが本当にうれしかった。M友さんたちにも、「そんな才能があったのね」「うらやましい」と言われて、それもまたうれしかったですね。結婚してから、ほとんど褒められたことのない人生でしたから。

別のときには、「僕、カナコさんの絵、とても好きです」と小声で言ってくれて。飛び上がるほどうれしかったです。
でも、もちろんいいことばかりではありませんでした。

ファン同士の嫉妬、噂、無視…推し活のしんどさも知った

ファン同士の嫉妬、噂、無視…推し活のしんどさも知った
Pangaea / PIXTA

それを快く思わない人たちもいたようです。

 「Mとカナコさんがひそひそ話していた」

 そんな妙な噂がコミュニティの中で一人歩きして、現場で会っても無視されたことがありました。別にいい、一人で楽しめばいい。そう思おうとしても、やはり周囲の目は気になりました。

そんなある日、ライブ会場でMさんの事務所の方から、こっそり声をかけられたんです。

 「本人が肖像画を描いてほしいと言っているんですが」

彼がかわいがっている犬とのツーショット写真を見せられ、「こういう感じの絵を家に飾りたいと言っている」と。しかも、仕事として謝礼も出します、と言われました。

彼が私の絵を本当に気に入ってくれていたんだ。 そう思うと、何もかも吹き飛ぶほどうれしかったですね。

距離を縮めたい気持ちの先で見えた“ちょうどいい関係”

絵は事務所宛てに送りました。Mさんからはお礼状が届きました。でもライブのハイタッチ会では、ほかのファンの人たちと同じように接してくれたんです。

それを見て、私はようやく彼との距離感がわかった気がしました。

ファンは、どうしたって距離を縮めたくなる。私もそうでした。でも彼は、みんなの前ではあくまでも“ファンの一人”として私を扱いたいのだろうし、絵のことも知られたくないのだろう、と。

私の絵を喜んでくれていることだけは確か。それで十分なんです。

「お礼はいりませんから」と伝えて、私はさらに凝った絵を贈りました。これは自分の趣味であり、楽しんで描いていることだから、受け取ってもらえるだけでうれしい……そう書いたカードも添えました。

その後、私がライブ会場で普通にふるまうようにしたことで、M友さんたちとの関係も少しずつ戻っていきました。ライブ後にみんなで食事をすることもあります。表面上は穏やかです。

ただ、誰かが抜け駆けするのではないか、誰かが特別な気持ちをもらっているのではないか。そんな探り合いは、やはりあります。ファンって、自分を認識してほしくてたまらないものなんですよね。

推しがくれたのは「恋」よりも自分を取り戻す時間

推しがくれたのは「恋」よりも自分を取り戻す時間

私はそこから少しだけ抜けた気がします。陰で彼とやり取りできるから、ということではありません。しょせん事務所を通してですし、あの凝った絵を贈ったのが最後です。

彼のおかげで私はもう一度、絵を描く気になれた。そのことに、一番感謝しているんです。

これからもライブには通うつもりです。でも気持ちは、以前より落ち着いています。あの熱狂的な“疑似恋愛”は何だったのだろうと思うこともありますが、あれはあれで、我を忘れるようないい体験でした。

苦しい時期もありました。絵を贈って気持ちが最高潮に達したとき、周りからハブられてつらい思いもしました。でも、推しがいる生活にはやっぱり張りが出る。体調を整えておこう、体力がないとライブにも行けないと思うようになって、ジムにも通い始めました。

推しは、生活を壊すものではなく、私の生活を立て直してくれた存在でもあったんです。

推し活の先に、夫婦の空気まで少しだけ変わった

つい先日、夫が疲れているように見えたので「大丈夫?」と聞いてみたんです。すると、ギクッとしたような顔をして。翌日、私の好きなスイーツを買ってきました。「次女と二人で食べれば」と言って。

そのスイーツ、次女が好きだと言ったものではありません。以前、私が「これ大好き」と言ったものでした。

夫は、私がMさんに夢中になっていたことを具体的には知らないと思います。何か好きなものができたのか、あるいはパート仲間とどこかへ出掛けることが増えたのか、その程度の認識でしょう。これからも詳しく知ることはないと思います。

振り返ってみると、私はいつしか心の中から夫を追い出そうとしていたんですよね。お互いさまだとは思いますが、そうして少しずつ、夫婦の間にある溝が太く深くなっていたのかもしれません。

夫婦関係が急に甘いものになるわけではありません。でも、以前よりお互いにほんの少しでも思いやりを持てるようになっているとしたら、それもMさんのおかげなのではないでしょうか。

HALMEK up編集部
HALMEK up編集部

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