021:鈴木 薫さん(63歳)
“こうあるべき”を卒業して50代からが輝く。人気料理講師が見つけた“今の精一杯”
“こうあるべき”を卒業して50代からが輝く。人気料理講師が見つけた“今の精一杯”
公開日:2026年04月29日
鈴木薫さんのリスタート・ストーリー
結婚後は仕事よりも子育てを優先。3番目の子どもが小学校に入るタイミングで本格的に仕事を始め、図書館の嘱託職員や保育ボランティアを経験。その後、市民館に再就職した先で、小さい頃から大好きだった「食」をライフワークにしている女性、菅野のなさんと出会った鈴木さん。
市民館を任期満了で退職し、次の道を模索しているタイミングで、のなさんに誘われオーガニック料理教室の講師養成講座を受講、第1期生となる。講座修了後、アシスタントを経てメイン講師の道へ。
今では鎌倉本校の代表講師として遠くから受講生が来るほどの人気講師に。自分に何かできることはないか、何か人の役に立ちたい、と思い続けてたどりついた、自分がもっとも自分らしく輝ける場所がここにあります。
鈴木さんが代表講師を務めるオーガニック料理教室「ワクワクワーク」
誰かの役に立ちたい、何かをやりたいと思いながら

――料理教室の講師になったきっかけは?
料理は小さい頃からずっと好きでした。でも仕事になるとは思ってもいなくて。
専業主婦から、本格的に仕事を始めたのは3人目の子どもが小学校に入学してからのこと。市の図書館の嘱託職員と、並行して保育ボランティアを始めました。
その後、社会教育指導員として市民館で働きませんかと声をかけられ、生涯学習講座の企画・運営を担当することに。その講座の講師としてお呼びしたのが、現在私が講師をしている「ワクワクワーク」というオーガニック料理教室の代表、菅野のなさん(※1)でした。
50代になり、市民館を退職してしばらく放課後学童クラブの指導員をしていましたが、私のやりたいこととは少しずれを感じていました。
そんなときに、のなさんから連絡があったのです。「料理教室の認定講師を養成する講座が始まるのだけど、鈴木さん1期生として受講しませんか?」と。
――積極的に働きかけたわけではないのに、すごいめぐり合わせですね。
そうですね。のなさんを講師にお呼びしたとき、食事をご一緒する機会があって、仕事をしながらお子さんを大切に育てられていて、素敵な女性だなと思っていました。そこへ養成講座のお話が来て、ずっと頭の片隅にあった大好きな料理ができるし、のなさんとご一緒できるし、迷わずに申し込みました。やるしかない、と思ったんです。
料理教室の内容が、ただ料理を作って終わりというものではなく、料理で人と人がつながり、気持ちが豊かになる、そんなところにも惹かれました。
頭がガチガチだった私が受講を通して気づかされたこと

――認定講師を養成する講座とはどのようなものなんですか?
当時は5か月ほど(現在は3~4か月)のプログラムで講師としてのあり方や実習、講師役となって実際のレッスンを行うミニレッスンなどがありました。
私は最初、赤ちゃんのママに食の大切さを伝える講師のプログラム(※2)を受講しました。その後、「卵乳製品なしおやつ」や「オーガニック滋養ごはん」の講師、食のお話アドバイザーを養成するコースも受講しています。
――講座を受けるなかで、苦労したことはありますか?
ワクワクワークでは、料理にも人にも、「こうじゃなくちゃダメ」はなくて、「それもいいね」「こういうやり方もあるよ」というスタンスです。
でも、実は私、すごく硬い、四角四面の人間だったんです。もう、頭がガッチガチで(笑)。子育ても全部先に私がレールを敷いて、ここを歩くのよと教え、ちょっとでもそれると「違うでしょ」ってやっちゃうくらい。
こうでなければいけない、枠からはみ出しちゃいけないと私自身も教わってきたし、そうしてきた。そんな私が50代になってから、これまでのやり方を一つずつ崩していくのが大変でしたね。
もともと料理を作るのは好きだったけれど、自分が学び覚えることと、講師として人に教えることの違いに頭がついていかないこともありました。
――四角四面な自分が変わっていったきっかけは何でしたか?
本当に少しずつなんです。
最初に赤ちゃんのママに食の大切さを伝える講師の試験を受けたとき、1回不合格になったんです。
不合格になって気付いたのは、「私は目の前の一人ひとりを見ていなかった」ということ。あの頃の私は、自分が思う子どもがいい子になるためのプログラムを勝手に描いて「子どもが輝く未来のためにはこの方法しかない」って思い込んだまま、ママたちに伝えてしまっているようなところがあったんですね。
その後、試験に合格してアシスタント講師として現場に立った後も、そんな気付きを繰り返しながら、だんだん変わっていったんだと思います。
――ご自身の子育てにも影響はありましたか?
ありましたね。当時、子どもたちはすでに中学生くらいでしたけど、破天荒なことをされて「えー!」と内心思っても「これは、この子がやりたいことなんだ」と認めてあげることができるようになりました。
私の中の「こうじゃなくちゃいけない」がポロポロ剥がれていく中で、子どもたちに伝える言葉や在り方も変わっていったんじゃないかなと思います。
自分自身に対しても、「ま、いっか」「大丈夫、大丈夫」と言えるようになりました。「これでもいいよね、これもアリだよね」って選択肢が増えていった気がします。
「あなたはあなたのままでいい」迷いの中で救われた言葉

――料理を作るのと、教えるのとではどちらが難しいですか?
作るより教える方が難しいです。
教室では、料理のレッスンでも一つのレシピを教えるだけじゃなくて、アレンジの方法だったり、違う材料を使ってみたり、いろいろな方法を提案しているんです。大根は薄切りにしてもいいし、千切りにしてもいい。包丁が苦手なら、今のあなたのできる範囲で大丈夫ですよってお声かけします。
「料理を作るのは嫌、面倒くさい」「苦手だからもうやりたくない。買ってきたものでいいや」と思う人もいると思います。でも、もっと簡単で自由で楽しいんだということをお伝えしたいんです。だって料理教室で決まったレシピを作って終わりじゃなくて、お家で作っていただきたいですものね。
私自身、決して話がうまいわけでもないし、技術が高いわけでもないですが、こんな私でも、講師をすることでみなさんにお伝えできることがある。それを日々感じさせてもらえることが、ありがたいなぁと思っています。
――メイン講師としてのプレッシャーはありますか?
もちろん、いまだに緊張しますよ。駅から教室まで歩いてくる間に胃が痛くなることもしょっちゅう(笑)。
アシスタント講師を2年ほど務め、56歳で「来月からメイン講師をお願いします」と頼まれたときは、本当に自分でいいのか、これじゃ全然ダメだと自分にダメ出しをして、どうしよう、どうしたらと思考がぐるぐるしてしまって……。こう話さなくちゃとか、こうやらなくちゃとか、“四角四面の私”が出てきて、空回りする時期が続いたんです。
そんなとき、ワクワクワーク創業者の松波さんに「あなたはあなたらしくいていいの。薫さんのままでいてね」と言われて。少しずつ、「自分らしくやってみよう」と思えるようになっていきました。周りに支えてくださる方がたくさんいて、諦めずに私を見守ってくださったのもとても大きかったです。
講師になって9年目ですが、今は教室に立ったらどんな事態が起こっても自分で回すという覚悟を決めて、スイッチをオンにして教室に入ります。

――レッスンを拝見しましたが、本当にいつも笑顔で楽しそうです。
料理が好きっていうことと、この空間が好きなんですね。
60代になって30代の人と一緒に仕事することってあまりないじゃないですか。それに生徒さんは20代から70代の方までいらっしゃいます。多世代の方たちと「食」を通じてつながれる。おいしいものを一緒に作って、食べて、こんなに幸せなことはありません。
一緒にごはんを食べていると、ポロッと本音が出たり、その人の意外な一面が垣間見えたり、本当に楽しい機会がたくさんありすぎて、みんなにおすすめしたいくらい(笑)。
もちろん、プライベートではいろいろありますから、常にこんな笑顔はしていませんよ。やっぱりここにいるからこの顔ができるの。
――講師の経験で、自分の生き方に生かせていることは?
「どんな自分でも大丈夫」と思えるようになったこと。
かつての私は自己肯定感が低い人間で、私より頭のいい人や、細やかな配慮ができる人と比べて「あれもできない、これもできない」って縮こまっていました。でも、ここで働く中で「今の手つき、素敵ね」なんて、些細なことでも、一つ一つ肯定してもらえて、今まで自分がやってきたことは間違いじゃなかったんだと自分を信じられるようになっていったんです。
生徒さん一人一人も同じで、すべての経験が無駄ではないし、今つらいときでも、もしかしたら次に来る何かのためのがんばりどきなのかもしれないですし。深く立ち入ったことは言えませんけど、背中を押してあげることができたらいいなと思っています。
「今もレッスン前は緊張する」63歳の私が笑顔でいられる理由

――自信がないときや、落ちこんだりするときの対処法は?
生徒さん一人一人、その日の状態が違うので、ちょっと元気がない生徒さんを明るくしてあげたいと思ってもそれができなくて、自分が不甲斐ないと思ったり。あとはレッスンを休みがちになってしまう方がいらしたときは、何が悪かったのかなと思ったり。
もちろんその方の事情もあるけれど、レッスンは一期一会なので、「今日来てよかった」と思っていただけるように、何かできることはなかったかなと思うことはあります。
そんなときの落ち込みは、家に持ち込むことにしているんです。
教室で自分も落ち込んでいる姿まで見せたくない。だから、家に帰ってからしっかりレッスンの振り返りをします。そしてまた教室に来るときは元気な私になるんです。
――レッスン中は立ちっぱなしですが、何か体力づくりはされていますか?
ピラティスとトランポリンを、月に1回ずつやっていますが、全然ついていけません(笑)。あとは家でストレッチをするくらい。でも、体力はあるほうだと思います。食生活が整っているからかもしれませんけど、体調も滅多に崩しません。
「レッスンを休みたくない」という気持ちがあって。それは責任感からだけではなく、みなさんからパワーをいただけるこの場が楽しいから、休んだらもったいないという気持ちが強いんです。本当にこの空間が私のパワースポットです。

――座右の銘は?
「今の精一杯」です。
せっかく生まれてきた人生だから、今を生きないともったいないでしょ。今、動ける体があって、誰かに何かをできるのであれば、もうやるしかないと思っています。
私はずっと「自分らしく生きていきたい」と思っていました。でも、その「自分らしさ」が何なのか、ずっと分からなかったんです。
今ようやくたどり着いたのは、自分らしさとは、理想の姿や成功のことではなく「今の精一杯を生きている状態」そのものだということ。
「このままでいいの?」という心の小さなつぶやきは、きっと人生が新しく動き出すサインです。かつての私のように自分を型に当てはめて苦しんでいる方も、一歩踏み出せば、そこには想像もしなかった新しい世界が待っているはず。
60代になった今、私はようやく「自分らしくいていいんだ」と、心から笑えるようになった気がします。
50代のリスタートに必要な3つの備え
50代に必要なことは、やっぱり「食」が基本。年齢を重ねてきたからこそ、いい意味でこだわりなく、迷いなく動き、人と付き合うことが大切なのです。
1.健康であること
健康であるために、毎日のごはんを整えることがすごく大切だと思っています。やっぱり「健康=食」。食が整っていくと、いろいろなものを大事にしたくなります。素材を丁寧に扱うことから始まって、食べられる自分も大事にしたくなるし、誰かのことも大事にしたくなるのです。
2.行動すること
どんな小さなことでもいいから、やること。何かをやろうと思ったら「明日にしよう」じゃなくて、できることがあるなら今やっちゃう、くらいでちょうどいいんじゃないかしら。
3.仲間
こんな私でもやっていけるのは、面倒を見てくれる仲間がいるから。しかもみんな自分軸があって距離感がちょうどいい方たちばかりで、思い切り楽しんだあとは、「じゃあね」とさっぱり帰るような、切り替えの早さがあります。助け合いながらも依存しない、気持ちのいい関係ができれば、きっと長続きします。
※1 菅野のなさんの最新刊『毎日続けられる、おうちごはん』(家の光協会)
取材・文=樋口由夏 写真=masaco 企画・構成=長倉志乃(HALMEK up編集部)




