【ラジオエッセイ】だから、好きな先輩44 佐藤初女
2024.12.172023年12月02日
随筆家・山本ふみこの「だから、好きな先輩」41
福祉活動家・佐藤初女さん「人を思い、思いを込める」
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、福祉活動家の「佐藤初女」さん。青森県弘前市に福祉施設を作った初女さんが紡いだ、「食」を通して人を支えるということとは…。
好きな先輩「佐藤初女(さとう・はつめ)」さん
1921-2016年 教育者・福祉活動家
青森生まれ。小学校教員、短期大学非常勤講師を経て1979年、弘前染色工房を主宰。83年、悩みや迷いをもつ人たちのため弘前市内の自宅を開放して「弘前イスキア」を、92年に岩木山麓に「森のイスキア」を開設した。
自分にもできることは驚くほど身近なにある
自分にできることってなんだろう……。同じ日本のどこかで災害が起こって、被災の様子を見聞きするときには、そんな気持ちがことさらに増してゆきます。そうしてわが身の非力を嘆くのです。
わたしにもできることがあり、それは驚くほど身近なことだということをわからせてくれた先輩、それが佐藤初女さんでした。
悩めるひとを抱きとめ、「居場所」を提供してきた初女さん、とくにその手によるおむすびを有名にしたのは、映画「地球交響曲ガイアシンフォニー 第二番」(1995年公開)。映画のなかでおむすびをつくる姿は、やわらかい光に包まれて見えました。
微光を浴びながら、「しまった!」とわたしは小さく叫びました。3人の娘たちに、比較的早いうちにご飯炊き(文化鍋を使って、ガス台で炊きます)とおみおつけづくりをおしえこみましたが、おむすびを一緒につくったことはない!と、はっとしたのでした。こりゃ、いけない。
すぐにご飯を炊いて、「おむすびをつくってみて」と娘をひとりずつ呼びとめたのです。3人とも下手くそでした。
下手くそなのはいいとして、おむすびの世界を紹介しないできたことは、ちょっぴり悔いました。
「悔いることなどないですよ」と、きっと初女さんは云(い)われるでしょうね。
「これでもう、一歩踏みだしたのですもの」
そうですね、初女さん、自らの思いをぎゅっとこめて、ひとに手渡せる人生が、ここからはじめられますね。
人生の大事な部分は「食」がつかんでいる
おむすびだけではありません。人生の大事な部分を「食」がつかんでいることを、初女さんは静かに、しかし力強く伝えつづけました。
青森県弘前市に一度お訪ねしてみたかったなあ、と思います。岩木山のふもとにある「森のイスキア」での活動について訊かれると、いつもこんなふうに答えられたとか。
「特に変わったことはしていないんです。泊まっていただいて、お食事を出して、みんなで一緒にいただいています」
変わったことはしていない……。このことばにはつよく惹きつけられます。
ひとを思い、その思いをこめて生きてゆくことが、出発点。こめていれば、遠くの誰かさんへもそれは伝わるし、ささやかでも自分のできることが見えてくる、と、信じるわたしになりました。
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2019年11月号を再編集し、掲載しています。