死別の悲しみを抱いてどう生きていくか#3

突然の夫の死、難病の息子との別れ――喪失の悲しみが愛しさに変わるまで

突然の夫の死、難病の息子との別れ――喪失の悲しみが愛しさに変わるまで

更新日:2026年04月05日

公開日:2026年03月19日

突然の夫の死、難病の息子との別れ――喪失の悲しみが愛しさに変わるまで

夫の突然の事故死、難病の息子との別れ――深い喪失のあと、人の気持ちはどのように変わっていくのでしょうか。書籍『喪の旅 愛しい人に出会い直す』より、大切な人を亡くした2人の女性の体験談と、著者が「喪の旅」を終えて思うことを紹介します。

取材者:河合真美江(かわい・まみえ)さん

取材者:河合真美江(かわい・まみえ)さん

1986年に朝日新聞社入社。松江支局や大阪本社整理部、文化部、金沢総局などに勤務し、文芸やジェンダー、死別と向き合う生き方などを取材してきた。2025年6月に退社。「ベルサイユのばら」で宝塚歌劇と出会い、記者として歌劇100周年のころを担当。

【体験談3】スキー中の事故で夫が44歳で急逝した女性

【体験談3】スキー中の事故で夫が44歳で急逝した女性
’90 Bantam / PIXTA

子煩悩な優しい夫と突然の別れ。最後にかけた言葉は

事務機器メーカーに就職すると、きっちりと仕事をする「めんどくさい先輩」がいた。ある日、得意先でコピー機のセットアップをミスした。あの先輩が助けに来てくれた。ミスをとがめることもなく、逆にねぎらってもらった。彼のことが好きになった。

広島県廿日市市の山本薫さん(47歳)。「かおぴー」と呼んでくれる10歳上の彼、一善さんと23歳のとき結婚した。「善ちゃん」は声を荒らげることのない、優しい夫だった。

大のスキー好き。幼い長男の一輝さんをよく連れて行った。六つ下になる長女の真結子さんが生まれると、いっそう喜んだ。子煩悩で、帰宅すると一番に子どもたちの寝顔をのぞきこんだ。

写真館でお宮参りの写真を撮ろうと張り切った。主役の真結子さんは水色のドレスでキメたのに、ゴキゲンななめで大泣き。善ちゃんが汗だくであやして撮った。

別れは突然だった。幸せいっぱいのあの1枚が、善ちゃんの遺影になるなんて。2008年の冬。善ちゃんはスキー中の事故で右足のアキレス腱を断裂する大けがをした。手術後のリハビリは順調で、松葉杖で歩けるまでになった。

ところがしばらくして、容体が急変した 転院した病院の医師から「覚悟してください」といわれた。

そのとき、一輝さんは7歳、真結子さんは1歳。深夜、善ちゃんの耳元で呼びかけた。「子どもがまだ小さいよ。がんばって」。でも、どこかで悟っていたのかもしれない。

最後に「ありがとうね」と言葉を添えた。善ちゃんは44歳、急性肺塞栓症で亡くなった。ボロボロ泣きながら眠ったのだろうか、嗚咽する自分の声で目が覚めたこともある。

2度目の家族写真。2人の子を育てあげ、今思うこと

2度目の家族写真。2人の子を育てあげ、今思うこと
kikuo / PIXTA

2020年、一輝さん成人の節目をみんな健康で迎えることができた。「写真館で写真を撮らない?」。一輝さんに尋ねると、「ええよ」と返ってきた。夏の日、久しぶりに写真館へ行った。一輝さんと真結子さんが交代で遺影を抱えた。

2枚目の家族写真も、笑顔があふれている。見るたび、顔がほころぶ。写真立てに入れ、遺影のそばに置いた。笑顔でがんばってきたのは間違いじゃなかった。子どもがまっすぐ育ってくれたのがうれしい。

善ちゃんが亡くなってから始めた調理の仕事。いまは保育園で続けている。

仕事に行くとき、帰ってきたとき、寝るとき……。家族写真や遺影に向かって「チーン」と鳴らし、手を合わせる。真結子さんも欠かさない。「お母さん、チーンは?」。疲れて忘れていると、この春中学3年生になる真結子さんが促してくれる。

一輝さんは親元を離れ、福岡県内の大学に通っている。「テレビを見て笑って、母親の冗談にウケて、ささやかな日常が幸せだなと。父と母が家庭を築いてくれて、いまがあるんだなと思います」。

もう13年。見守ってくれた善ちゃんに「ありがとう」と言いたい。

善ちゃん、いまどう思っているんだろう。のけものにされていないなって、大満足しているはずだよね。

【体験談4】6年の闘病の末、難病の一人息子を亡くした母

【体験談4】6年の闘病の末、難病の一人息子を亡くした母
cotori / PIXTA

「控えめ」な息子を茶色のチョウに重ねて

鉄道ファンの一人息子が逝って2年になる。千葉県市川市の三輪悦子さん(74歳)は思う。「終活は、あの子に会いにいく旅支度。だけど、なんでいないのって……。悲しさが深まっていくみたいです」。

一さんは心臓の難病で6年間、入退院を繰り返した。「治る病気ではない」と医者に言われた。でも、「親より先に死ぬわけにはいかない」と闘っていた。力尽きたのは2019年6月。47歳だった。

夫(82歳)が息子の話をすることはほとんどない。でも、写真を入れたロケットペンダントをずっと着けている。結婚指輪さえしない人なのに。

20年の一周忌のころ。2階のベランダにいると、足もとに茶色のチョウがしばらくとまっていた。

そして翌年。同じころ、再び茶色のチョウが胸元にとまった。ベランダに放し、翌日に見るとそのチョウはまだそこにいた。手を差し伸べると、乗ってきた。

「息子だなって。優しくて控えめな子だったから、チョウチョになっても茶色で地味なのね」また来るよね、チョウチョ。

悲しいは、愛おしい。「喪の旅」を終えて思うこと

悲しいは、愛おしい。「喪の旅」を終えて思うこと
にしやひさ / PIXTA

電車で隣り合って座った人がじつは半月前、つれあいを亡くしているかもしれない。職場に新しく来た笑顔のきれいな人がじつは子どもを失っているかもしれない。

あたり前のように過ぎてゆく時の流れのなか、人は悲しみを抱え、生きている。その人、その人のかけがえのない悲しみを「喪の旅」で聞いた。

みなさん、そんなにも悲しいほど愛おしい人に出会ったのだった。「悲しい」は古くは「愛しい」とも書いたというが、それを肌で感じた。ひとつひとつが愛しさに満ちた物語だった。

全3回の「喪の旅グリーフケアの記録」シリーズ。死別の悲しみを抱えてどう生きていくか、それぞれの物語もあわせて読むことで、自分なりのヒントを見つけてみてください。

※本記事は、書籍『喪の旅 愛しい人に出会い直す』より一部抜粋して構成しています。

もっと詳しく知りたい人は

もっと詳しく知りたい人は
『喪の旅 愛しい人に出会い直す』河合真美江著(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)

2020年〜2025年に取材・掲載された朝日新聞の人気連載「喪の旅」。そこで話を聞いた30人それぞれの喪失の物語と、取材した記者自身の夫を亡くした経験をまとめた一冊です。

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HALMEK up編集部
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