「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302023年03月25日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第5期第6回
エッセー作品「プール教室」栞子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月の作品のテーマは「空っぽ」です。栞子さんの作品「プール教室」と山本さんの講評です。
プール教室
歳をかさねても、苦手なことはあまり変わらない。
人に話しかけるのにひどく緊張する。仲良くなるにもとても時間がかかる。
わたしの通っていた小学校では、高学年になると夏休みのあいだ中プール教室がひらかれていた。
お盆休み以外はほぼ毎日、担任の先生が交代で泳ぎの指導をしてくれる。
ほかの学年より生徒は少なかったけれど、1クラス40人弱で4クラスはあった。
泳げる人と泳げない人に分かれたり、男の子と女の子に分かれたりして、今から考えれば、ほんとうに熱心な指導であった。
当時、スイミングスクールの存在さえ知らなかったわたしは、泳ぎは学校で習うものと信じていたし、実際バタフライ以外の泳ぎは一通り学校で教わった。
「夏休みのプール教室、来れる日は出来るだけ来るように。」
先生が言うのだから絶対毎日行かなくちゃ。
何の疑いもなくはりきって参加した夏休み初日、同じクラスの友達は誰一人来ていなかった。
(今日はみんないそがしかったのかな)。
心細かったけれど、一人でなんとか頑張った。明日は誰かくるかもしれないし。
時々来る子もいたけれど、あまりの人数の少なさに翌日には来なくなったりのくりかえし。
いつしか誰も来ない日が続き、担任の先生はいつも悲しそう。
いよいよわたしは休めなくなってしまった。
実家は商売をしていたから両親は毎日忙しい。
親戚もみんな近くに住んでいたから、帰る田舎もなかったし、夏休みといっても変わらない毎日。
わたしにとってプール教室は、唯一の夏休みらしいことだった。
1クラスに1コースが割り当てられ順番に泳いでいく。
ほかのクラスは毎日半分くらいは参加していたので、うちのクラスはいつも貸切り状態。
みんなが順番を待っている間にわたしは一人で何度も往復できた。
いつも一人で心細くてはずかしかったけれど、わるいことばかりでもない。
いつの間にか、ほかのクラスに友達もたくさんできたし、大好きな担任の先生とたくさんはなせるようになったし。
社交的でも積極的でもないわたしの原点のような思い出。
続けていればいいこともあるし、何とかなるものだと知ったこと。
それからウン十年たった今も、仕事や趣味を続けることで、知らぬ間にまわりに知り合いも増えて何とかなっている。
だいぶあつかましさも増したのだ。
今でも時々、誰もいないプールに行く夢を見る。
山本ふみこさんからひとこと
物語のようなエッセーです。
皆さん、声に出して読んでみてくださいまし。「文体」が生きているのがわかると思います。
誰もがひとりひとり「文体」を持っています。真似をする必要はありませんが、好きな文体を音でたしかめることは、学びにつながります。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、今後 雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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