「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302024年10月31日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第9期第1回
「ひとつまみの塩」梨岡知佐子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第9期1回目のテーマは「塩」。梨岡知佐子さんの作品「ひとつまみの塩」と山本さんの講評です。
ひとつまみの塩
母は料理上手でした。
「料理の決め手は、やっぱり塩よね。」
母の口ぐせです。わたしの料理の味が何かしっくりしないときも、母が塩をひとつまみ入れると、きゅっと味がしまります。格段においしくなるのです。
小さいとき、母がつくるコロッケが大好きでした。揚げたてのコロッケに箸を入れた時の、あの「サクッ」という音。その音から、ぜったいにおいしいとわくわくしながら口に運び、
「アツッ。」
と言いながらも、ほおばって食べていました。母は、
「その顔が好きなのよね。」
と言って、揚げたてコロッケを追加してくれました。
私が母にコロッケの作り方を教わったときも言っていました。
「玉ねぎとひき肉を炒めて塩・胡椒をするときに、塩を少し多めに入れるのがコツ。」
と。やはり決めては塩でした。
母は、昨年96歳の生涯をとじました。クリスチャンだったので、最後の看取りの時に牧師が訪ねて来てくれました。牧師が母の手をとると母もその手をにぎり返しています。そして、じっと牧師の顔を見つめていました。
長い時間、見つめていました。わたしには、母の目が、
「喜んで天国に旅立ちます。」
と語っているようにみえました。母の容体に不安と悲しみでいっぱいだったわたしでしたが、母の目から感じたその言葉で、心がすっと落ち着きました。わたしの心に母が「ひとつまみの塩」を入れて、崩れそうな心もちを整えてくれた……そんな気がしました。
我が家の3人の子どもたちも、幼い頃からわたしがつくるコロッケが大好きです。そして、玉ねぎとひき肉を炒めて塩・胡椒をするときは、
「塩を少し多めに入れるのがコツ。」
とつぶやきながら料理しています。
山本ふみこさんからひとこと
うっとりと、読みました。
静かな、読書の時間でした。
料理上手のお母さまこの世からの旅立ちのときです。ここを読んで、わたしはこころから共感し、泣きました。
じっと牧師の顔を見つめていました。長い時間、見つめていました。わたしには、母の目が、
「喜んで天国に旅立ちます」
と語っているようにみえました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は講座の受講期間の半年間、毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。
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