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- 『滑走路』非正規の歌人萩原慎一郎さんをご存じですか
50代コラムニストの矢部万紀子さんによる、カルチャー連載です。今回は、歌集として異例のベストセラーとなり、2020年に文庫化、映画化もされ話題の“非正規の歌人”萩原慎一郎さんの『歌集 滑走路』を取り上げます。
『歌集 滑走路』は第一歌集にして、遺作
![文庫化した滑走路](https://halmek.co.jp/media/uploads/049851e24d7e6fdf6bb705599ebc83031603448039.296.jpg)
著者 萩原慎一郎
定価 580円(+税)
萩原慎一郎さんという歌人を紹介します。『歌集 滑走路』が2017年に出版され、とても評判になりました。それから3年たった20年9月、『歌集 滑走路』は角川文庫に入りました。
1984年生まれの萩原さんは17年6月、わずか32歳で亡くなりました。第一歌集が遺作となってしまったのです。
『滑走路』に好きな歌はたくさんあるのですが、最初にこれを紹介します。
きみはいまだにぼくのこころが所有するプールのなかを泳いでいるよ 「こころの扉」
終わった恋の歌です。でも別れたはずの人が、プールでのびのび泳いでいます。キラキラした光の中、まっすぐ進む。その人のフォームまで目に浮かびます。ちょっとユーモラスな中に、哀しみが宿っている。萩原さんらしい歌だと思います。
萩原さんは大学を卒業後、非正規雇用で働いていました。
ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる 「非正規」
シュレッダーのごみ捨てにゆく シュレッダーのごみは誰かが捨てねばならず 「テロリズム」
短歌に登場する「きみ」と萩原さんの優しいまなざし
![萩原慎一郎さんは神保町が好きだったそう](https://halmek.co.jp/media/uploads/400b15507ceeb44a33fd546d8a6e18bd1603447829.3273.jpg)
私が社会人になったのは、萩原さんが生まれる1年前でした。女性の就職はいろいろと大変でしたが、大卒→非正規雇用という道はまだありませんでした。それが今や当たり前になり、非正規の人なしで職場は成り立たない状態です。その人なしで成り立たないという人を、「非正規」で雇っているのです。
萩原さんの仕事をうたった短歌には、「きみ」がよく登場します。先ほど紹介した牛丼屋の「きみ」以外にも、例えばこんな歌もあります。
「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣な眼差しがいい 「タルタルソース」
レジで「研修中」のバッジを付けた人をよく見ます。飲食店でもコンビニでも書店でも。萩原さんはそんな風景に「きみ」「あなた」を見ました。でも、見ていたのはそこにいる人だけではなかったと思います。自分と同じような立場で働く人々。そしてその先に、生きとし生けるもの全てを見ていた。そんなふうに感じます。
大袈裟かもしれません。でも、萩原さんの歌を読むとなぐさめられ、励まされます。温かい眼差しに、そっと寄り添われたような気持ちになります。人とは弱いものです。時には、寄り添われたいです。萩原さんは、そういう全ての人を見ていた。そんなふうに思うのです。
同時に萩原さんは、広いところに出ようと努力し、もがいてもいました。今いるところが狭い、という意味ではありません。努力の先にある、広いところ、大きなところ。そこを目指している。そんな意味です。
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい 「滑走路」
歌集のタイトルにもなったこの歌からは、「広いところ」へ行きたい気持ちが伝わってきます。それを「きみ」と共有しようとするところが、萩原さんだと思います。他にもこんな歌があります。
群衆の一部となっていることを拒否するように本を読みたり 「群衆」
キーボード叩きたくなる。こんな夜は。胸に積乱雲を抱きつつ 「未来模索」
若者らしい焦り、そして努力。読むと、胸が熱くなります。「、」とか「。」を使う歌も、散見されます。31文字という制約の中で、自由になる。そんな意思を感じます。
萩原さんは合格した中高一貫校でいじめに遭い、高校2年になるまで親にも伝えず耐えました。精神的な不調が起こり、通院と自宅療養をしながら大学を卒業しました。生きる希望となったのは、17歳から作り始めた短歌。いくつかの大きな賞を受賞し、歌集の出版を決め、選歌し、あとがきを書き、角川『短歌』編集部に渡しました。その後、出版を待たず急逝。自ら命を絶ちました。
以上は文庫に収められた、ご両親の文章「きっとどこかで」から主にまとめました。
発売された『歌集 滑走路』の文庫には、又吉直樹さんの解説「優しさに充ちた非凡な感性」も入っています。とても良い文章です。又吉さんは萩原さんの4歳年上。才能ある同世代同士の、時空を超えた出会い。そんなことを思いました。
『歌集 滑走路』は映画としても公開されます
![映画滑走路](https://halmek.co.jp/media/uploads/c2d1f5e8cbbfa31f8a3f1db9e8499c4e1603447665.1211.jpg)
そして、『歌集 滑走路』は映画にもなったのです。同名の映画「滑走路」が11月20日に公開されます。歌集をドラマにするというのは、とても大変なことだと思います。78年生まれの大庭功睦さんが監督、82年生まれの桑村さや香さんが脚本。やはり同世代同士が時空を超えて出会い、切ないけれど温かな映画になりました。
公開まで少し時間があります。文庫を読んで映画を見て、再び読む。萩原さんをより深く知っていただきたく、そうおすすめする次第です。
滑走路
出演:水川あさみ 浅香航大 寄川歌太/木下渓 池田優斗 吉村界人 染谷将太/水橋研二 坂井真紀
11月20日(金)全国ロードショー
配給:KADOKAWA
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