娘に性的暴行した父親が、逆転有罪に

「魂の殺人」性暴力・性的虐待を無罪にしてはいけない

公開日:2020/03/17

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2019年3月、愛知県で実の娘に性的暴行を加えた父親への無罪判決が出ました。その後類似の無罪判決が相次いで波紋を広げましたが、2020年3月12日、逆転の有罪判決が下りました。性的暴行を無罪とした日本の司法の非常識について考えます。

性的暴行を加えた父親が無罪判決だった理由とは

2019年3月の1審「無罪判決」から一転

性的暴行

当時19歳の実の娘に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われた父親(50歳)に対し、名古屋高等裁判所(堀内満裁判長)は2020年3月12日、1審の無罪判決を棄却し、懲役10年の判決を言い渡しました。父親が、娘が中学2年の頃から継続的に性的虐待を繰り返してきた事実を重く見て、「1審の無罪判決は誤り」と、父親に逆転有罪を下しました。

性暴力をめぐるこれまでの司法の非常識を変える画期的な判決として、注目が集まっています。

まず読んでほしい被害女性の全文コメント

まず多くの方に読んでいただきたいのは、判決後に現在22歳の娘が弁護士を通じて出したコメントです。そこには、実の父親に幼少期から暴力を振るわれてきた実態や、性的虐待からなぜ逃げられなかったのかなど、裁判の流れを追うだけでは見えてこない心の声が詰まっています。ぜひご覧になってみてください。



「逃げようと思えば逃げられたんじゃないか。もっと早くに助けを求めたらこんな思いを長い間しなくて良かったんじゃないか・・・」。

そう周りに言われもしたし、そのように思われていたのはわかっています。

でも、どうしてもそれができなかった一番の理由は、幼少期に暴力を振るわれたからです。

「だれかに相談したい」、「やめてもらいたい」と考えるようになったときもありました。

そのことを友達に相談して友達から嫌われるのも嫌だったし、警察に行くことで弟達がこの先苦労するのではないかと思うと、とても怖くてじっと堪え続けるしかありませんでした。

次第に私の感情もなくなって、まるで人形のようでした。

2020年3月12日 NHK NEWS WEB 「性的暴行罪 父親に有罪の逆転判決 被害受けた娘のコメント全文」より一部抜粋

この女性のように、実の父親などからの性的虐待に苦しめられる子どもは多くいます。「2018年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>」で発表された全国の児童相談所による児童虐待相談対応件数は15万9850件で、性的虐待は1731件 (1.1%)、一見すると、心理的虐待(55.3%)や身体的虐待(25.2%)、ネグレクト(18.4%)に比べて少ないように思えます。しかし年間1700人以上もの18歳以下の子どもが苦しめられており、表面化しにくい性的虐待の性質を考えれば、子どもたちの安心安全の確保に向けて社会が必死に動かなければならない社会問題です。

養育されるべき父親からの性的暴力は、娘の心身に深い傷を与え、生きることの根幹を奪うことから「魂の殺人」と呼ばれています。13歳のときから7年間、実父から性虐待にあった経験がある性暴力被害者の当事者団体、一般社団法人「Spring」代表理事の山本潤さんは、感覚や感情を無意識に遮断する「乖離(かいり)」、トラウマ、アルコール依存、脅迫症状などさまざまな精神症状に苦しめられたことを、その著書の中で明かしています。

参考:山本潤著『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル 』(朝日新聞出版) 

実の父親から性暴力を受けても無罪になる日本の非常識

裁判

裁判の詳細を見ていきたいと思います。事件は3年前、愛知県内で、父親が頃から性的暴行を行い、罪に問われたものです。1審の名古屋地方裁判所岡崎支部は、この父親が、娘が小学生の頃から殴ったり、蹴ったりの身体的虐待を行い、中学2年生の頃からは性的虐待を始めたことから、娘には性的行為への同意はなく、父親の精神的支配下にあったことは認めました。

しかし一方で、「被害者の人格を完全に支配し、強い従属関係にあったとまでは認めがたい」と、抵抗することが著しく困難な「抗拒不能」の状態を断定することはできないとして無罪判決を下し、検察は控訴していました。

1審の無罪判決をめぐっては、「どうして性暴力の加害者が無罪になるの」と感じた女性たちや、被害の実態が理解されていないと感じた性暴力の被害者たちが、花を手に抗議のフラワーデモが行なうなどの波紋が広がり、2審の判断が注目されていました。

2審判決は、「被害者が、中学2年生の頃から、意に反した性行為を繰り返し受けてきたことや、経済的な負い目を感じていたことを踏まえれば、抵抗できない状態だったことは優に認められる」と、そもそも拒否することが著しく困難な「抗拒不能」な状態だったことを認定。

その上で「1審は父親が実の子に対して継続的に行ってきた性的虐待の一環だという実態を十分に評価していない」として、父親に逆転有罪を言い渡しました。フラワーデモに参加した女性たちからは、判決を前向きに評価する声が上がりました。

女性や子どもを守るために不十分な現行刑法

女性や子どもを守るために不十分な現行刑法

今回の裁判をきっかけに考えなければならないのは、現行の刑法の不十分さです。2017年には刑法が改正され、「強姦罪」は「強制性交罪」に罪名が改められました。また親など監督・保護する立場の人が18歳未満の子どもにわいせつな行為をした場合は、暴行や脅迫がなくても処罰される規定が作られるなど性犯罪が厳罰化されました。しかし性暴力や虐待の被害者を守る意味では、まだ不十分です。

現行の刑法の不備な点は、加害者を罪に問うためには被害者が望んでいなくても抵抗できないほどの「暴行・脅迫」があったことや、抵抗することが著しく困難な「抗拒不能」の状態であったことを証明しなければならないところにあります。そのため、今回のケースのように、本来は有罪になるべき加害者が罪に問われず無罪となる判決が相次いでいます。

刑法の見直しの議論は間もなく始まる予定ですが、海外では同様の規定を変える国も出てきています。スウェーデンでは2018年の法改正で「暴行・脅迫」の要件を削除し「同意のない性行為」それ自体が犯罪になりました。法改正に尽力した2人のスウェーデン女性の会見はYouTubeにアップされているので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

2020年01月21日 日本記者クラブ会見「スウェーデンの性交同意法 強制性交とは何か」ヴィヴェカロング・スウェーデン司法省上級顧問、ヘドヴィクトロストスウェーデン検察庁上級法務担当

子どもを対象とした性行為は性暴力とみなされる

性暴力は、強者から弱者という力の非対称性を利用した支配-従属構造から起こります。特に自力で生きていくことができない子どもは、性的虐待を繰り返されていても、簡単に親から逃れることはできません。

公認心理師で原宿カウンセリングセンター所長の信田さよ子さんは「子どもの場合は、性行為が何であるかの理解、行為の結果予測ができないので、意見を持っていない。したがって、拒むという選択肢も持たず、自発的決定もできない。おとなの加害者との関係性も対等ではない。したがって、子どもを対象としたあらゆる性行為は性暴力とみなされる」と、著書の中で語っています。参考:信田さよ子「子どもへの性暴力」『加害者は変われるか?DVと虐待をみつめながら』(筑摩書房)

子どもや女性など、弱い立場にある人々が守られる刑法を日本でも整備していく必要があります。法務省の専門家会議「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ」では現在、刑法改正に向けた議論が進められています。

議論は、ホームページで確認することができます。他にも、加害者が性犯罪に走ることを予防する仕組みや、再犯防止策の構築なども必要でしょう。この問題を通じ、一人一人の尊厳を大切にできる社会を後世に残していくことを真剣に考えていきたいものです。

■もっと知りたい■

 


■参考資料

清水 麻子

しみず・あさこ ジャーナリスト・ライター。青山学院大学卒、東京大学大学院修了。20年以上新聞社記者や雑誌編集者として、主に社会保障分野を取材。独立後は社会的弱者、マイノリティの社会的包摂について各媒体で執筆。虐待等で親と暮らせない子どもの支援活動に従事。tokyo-satooyanavi.com

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