愛知県・娘に性的暴行した父親が、逆転有罪確定に

性暴力が無罪になりがちな日本の不十分な刑法を考える

公開日:2020.03.17

更新日:2020.12.01

愛知県で当時19歳の娘に性的暴行を加え、準強制性交等罪に問われた父親(50歳)に対し、最高裁は2020年11月4日付けで、父親を無罪とした1審判決(19年3月)の上告を棄却する決定を出し、懲役10年の2審判決(20年3月)が確定しました。

(※本記事は2020年11月4日付けの最高裁判決を受け、2020年3月17日に公開された記事に加筆し再構成しています)

娘に性的虐待した50歳男性、逆転有罪確定へ  

裁判のイメージ

この事件は2017年、愛知県内で性的暴行を行った父親が罪に問われたものです。2019年3月に行われた1審での名古屋地方裁判所岡崎支部は、この父親が娘に対して小学生の頃から殴ったり、蹴ったりの身体的虐待を行い、中学2年生の頃からは性的虐待を始めたことから、娘には性的行為への同意はなく、父親の精神的支配下にあったことは認めました。

しかし一方で、「被害者の人格を完全に支配し、強い従属関係にあったとまでは認めがたい」と、抵抗することが著しく困難な「抗拒不能」の状態を断定することはできないとして無罪判決を下し、検察は控訴していました。

1審の無罪判決を巡っては、どうして実の娘に性暴力を行っていた加害者が無罪になるの」と怒りを感じた女性たちや、性暴力の被害者たちによって、花を手に抗議を行う「フラワーデモ」が行われるようになるなど、抗議の波紋が広がりました。

そして2020年3月12日、古屋高等裁判所(堀内満裁判長)は1審の無罪判決を棄却し、懲役10年を言い渡した有罪判決は、司法の非常識を変える画期的な判決として、注目が集まりました。

2審判決では、「被害者が、中学2年生の頃から、意に反した性行為を繰り返し受けてきたことや、経済的な負い目を感じていたことを踏まえれば、抵抗できない状態だったことは優に認められる」と、そもそも娘が父親の行為を拒否することが著しく困難な「抗拒不能」な状態であったことを認定。その上で「1審は父親が実の子に対して継続的に行ってきた性的虐待の一環だという実態を十分に評価していない」として、父親に懲役10年の逆転有罪を言い渡しました。

多くの方に読んでいただきたいのは、判決後に、娘である22歳(※20年3月時点)の被害者女性が弁護士を通じて出したコメントです。そこには、実の父親に幼少期から暴力を振るわれてきた実態や、性的虐待からなぜ逃げられなかったのかなど、裁判の流れを追うだけでは見えてこない心の声が詰まっています。ぜひご覧になってみてください。

「逃げようと思えば逃げられたんじゃないか。もっと早くに助けを求めたらこんな思いを長い間しなくて良かったんじゃないか・・・」。
そう周りに言われもしたし、そのように思われていたのはわかっています。

でも、どうしてもそれができなかった一番の理由は、幼少期に暴力を振るわれたからです。

「だれかに相談したい」、「やめてもらいたい」と考えるようになったときもありました。

そのことを友達に相談して友達から嫌われるのも嫌だったし、警察に行くことで弟達がこの先苦労するのではないかと思うと、とても怖くてじっと堪え続けるしかありませんでした。

次第に私の感情もなくなって、まるで人形のようでした。

2020年3月12日 NHK NEWS WEB 「性的暴行罪 父親に有罪の逆転判決 被害受けた娘のコメント全文」より一部抜粋

「ずっとつらい日々が、ようやく終わりました」

そして2020年11月、最高裁(宇賀克也裁判長)は1審の上告を棄却して2審を支持、加害者である父親の実刑が確定したというわけです。最高裁決定を受け、被害者の女性は「とても長かったです。ずっとつらい日々でした。ようやく終わりました。今まで支援してくださった方々には心から感謝しています」というコメントを公表しました。    

女性や子どもを守るために不十分な現行刑法

 

裁判


一連の裁判をきっかけに考えなければならないのは、現行の刑法の不十分さです。2017年には刑法が改正され、「強姦罪」は「強制性交等罪」に罪名が改められました。また親など監督・保護する立場の人が18歳未満の子どもにわいせつな行為をした場合は、暴行や脅迫がなくても処罰される規定が作られるなど性犯罪が罰則化されました。

しかし性暴力や現行刑法の不備な点は、加害者を罪に問うためには被害者が望んでいなくても抵抗できないほどの「暴行・脅迫」があったことや、抵抗することが著しく困難な「抗拒不能」の状態であったことを証明しなければならないことにあります。そのため今回のケースのように、本来は有罪になるべき加害者が罪に問われず無罪となる判決が相次いでいます。

海外では、同様の規定を変える国も出てきています。スウェーデンでは2018年の法改正で「暴行・脅迫」の要件を削除し「同意のない性行為」それ自体が犯罪になりました。法改正に尽力した2人のスウェーデン人女性の会見はYouTubeにアップされているので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

2020年01月21日 日本記者クラブ会見「スウェーデンの性交同意法 強制性交とは何か」ヴィヴェカロング・スウェーデン司法省上級顧問、ヘドヴィクトロストスウェーデン検察庁上級法務担当 

弱い立場の者に対する性行為は性暴力

性暴力は、強者から弱者という力の非対称性を利用した支配-従属構造から起こります。特に自力で生きていくことができない子どもは、性的虐待を繰り返されても、簡単に親から逃れることはできません。子どもや女性など、弱い立場にある人々が守られる刑法を日本でも整備していく必要があります。    

日本学術会議の分科会はこのほど、現行の刑法の性犯罪規定に関する問題点を指摘し、「各国と同様、同意のない性交自体を犯罪化する規定に変えるべき」であることを提言しました。法務省の専門家会議「線犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ」では現在、刑法改正に向けた議論が進められています。

性暴力は魂の殺人と呼ばれています

性的暴力は、被害者の心身に深い傷を与え、生きることの根幹を奪うことから「魂の殺人」と呼ばれています。

13歳のときから7年間、実父から性虐待にあった経験があり、性暴力被害者の当事者団体、一般社団法人「Spring」代表理事の山本潤さんは、感覚や感情を無意識に遮断する「乖離(かいり)」、トラウマ、アルコール依存、脅迫症状などさまざまな精神症状に苦しめられたことを、その著書の中で明かしています。参考:山本潤著『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル 』(日新聞出版刊) 

2018年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数では、性的虐待は1731件が報告されました。しかし表面化しにくい性的虐待の特徴を考えれば、これは「氷山の一角」と捉えるのが自然です。大人になってもトラウマに苦しみ続ける性的暴力被害の特質を考えると、刑法改正へ向けての前向きな議論は必須といえるでしょう。

また加害者が性犯罪に走ることを予防する仕組みや、再犯防止策の構築なども積極的に講じていくことも求められます。一連の性暴力裁判を通じて、一人独りが尊厳を大切にできる社会とは何か、真剣に考えていきたいものです。

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■参考資料

清水 麻子

しみず・あさこ ジャーナリスト・ライター。青山学院大学卒、東京大学大学院修了。20年以上新聞社記者や雑誌編集者として、主に社会保障分野を取材。独立後は社会的弱者、マイノリティの社会的包摂について各媒体で執筆。虐待等で親と暮らせない子どもの支援活動に従事。tokyo-satooyanavi.com

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