「さつまいもの天ぷら」横山利子さん
2024.09.302022年02月01日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第3期第4回
「じいばあいーつ始めました」板谷越りんさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「かけはし(橋)」です。板谷越りんさんの作品「じいばあいーつ始めました」と山本さんの講評です。
じいばあいーつ始めました
「それって、今はやりの何ていうんだっけ? ご飯とか運んでくれるサービスと一緒ね」
こう言ったのは離れて暮らす高齢の母。電話で話していたのである。
「ウーバーイーツのこと?」
「それそれ。あなたのは、じいばあいーつよね」
母の言葉に吹き出す。
耳の遠くなった母との会話はいつも愉快だ。お互いに勘違いや聞き違いがたくさんあって謎解きのような、頭の体操の時間でもある。
ところで「じいばあいーつ」だが、よく考えてみると母の言う通りかもしれない。
だって私は注文を受け、手作り総菜やお弁当を届けたのだから。
そうまさにウーバーイーツならぬ「じいばあいーつ」に違いない。
息子夫婦が念願の赤ちゃんを授かった。
「切迫早産で自宅安静になったから、栄養のあるお昼ご飯を届けて」と息子からのSOS LINE。
待っていましたとばかりに私は冷蔵庫にある材料を駆使して料理を始める。
リンゴとさつまいもをレモン煮にして、ホームベーカリーのパン生地で巻いて焼けば秋の収穫祭ロールパン。
鶏肉をレンジで解凍。おや胸肉だったか。唐揚げにするつもりだったけど……。方針変更。叩いて叩いて巻いて焼いて、叱咤激励たんぱく質確保の肉巻き野菜の出来上がり。
安売りの尾頭付き鯛は三枚におろして素揚げにしてみる。野菜の甘酢餡を沿えて食欲増進になるかしら。
りんごとさつまいものレモン煮の残り煮汁はゼラチン投入でゼリーに変身。フードロススイーツの出来上がり。
息子夫婦の家は、私たちの家から車で小一時間の距離にある。
運転の苦手な私は夫に一緒に行ってもらう。夫婦でドライブはコロナ禍の中初めてだ。
息子夫婦のSOSなら不要不急には該当しないだろう。胸を張って、堂々かつ、意気揚々と駆けつける。
夫の療養開始後まもなく起きたコロナ禍。そしてお嫁さんの由基ちゃんの妊娠。
両方の感染が心配で盆も正月も集まらなかった。
だからそれぞれの家庭のことは、それぞれでと過ごしてきた。
整然と自らを律し息子夫婦に負担がかからぬように。自律には互いの距離の確保が必要だ。
そうディスタンス。少し涼やかで、少し乾いた寂しい空気が過ぎていく。
ところがSOSを受け、忘れていた持ち前のお節介心がホットに動き出した。
息子夫婦に迷惑がかからぬようにとばかり思っていたけれど、まだまだお世話する側なのだと気づいた嬉しさ。
総菜を抱えて訪問した時の由基ちゃんの笑顔がまた愛おしい。恐縮しながらも、安心した笑顔。
もう少しこの笑顔を見ていたいけれど、ぐっと我慢してすぐに暇を告げる。でもちょっとお名残り惜しい。
帰り道さっそく由基ちゃんからのLINEには感謝の言葉と笑顔スタンプが送られて来た。
夜には息子からもありがとうの言葉と笑顔スタンプが届いた。
「誰かの役に立つ」ことは最強の自分に変身できるようだ。
「頼りにされる」と心の温度があがって頭も身体もいい感じに回転し始めた気がする。
あら? この気分仕事をしていた時には毎日あった気がする。
定年退職とコロナ禍自粛をほぼ同時に向かえすっかり忘れていた感覚だ。
いつのまにか気持ちが凋んでいたのかな?
息子のSOSや母の言葉に元気が満ちてきた。
初孫さん、早く会いたいけど、あわてずゆっくり由基ちゃんのおなかの中を満喫してから生まれてらっしゃい。
じいばあいーつは、貴方が生まれてからも出動しますから。
あわてない、あわてない。ゆっくりいらっしゃいな。
ひいばあも楽しみにしているようですよ。
山本ふみこさんからひとこと
家庭内のことを書くとき、つい書き手は甘くなります。書こうとする気分も、構成も言葉選びも。登場人物に対する甘えが顔を出すのかもしれません。また、日頃の恩返しにとばかりに褒めちぎったりしがちなのです。そんな気分も、恩返しの念もわかりますが、ここは抑えて書きましょう。甘みを抑えることで軸が定まり、効果的にテーマが描けます。
「板谷越りん」の作品は、離れて暮らすお母さまとのやりとりにも、息子さん夫婦との付き合い方にも、節度が感じられます。おそらくこれは、作品上だけのことでなく、節度ある関係を築いておられる証だろうと思います。
しかしながら、当然愛情はあふれるのです。それを料理の場面に込められましたね。
実においしそうだし、知恵もある。お見事です
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在第4期の講座開講中で、次回第5期の参加者の募集は、2022年6月に雑誌「ハルメク」6月号の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。
募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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