「さつまいもの天ぷら」横山利子さん
2024.09.302024年09月30日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第8期第6回
「夜のドライブ」栞子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期6回目、さいごのテーマは「コンビニエンスストア」。栞子さんの作品「夜のドライブ」と山本さんの講評です。
夜のドライブ
「そろそろいこか。」
父の声掛けと同時にすぐに出発。
いつ呼ばれるかわからないけれど、はやく準備しないとおいていかれてしまう。
すぐにあとを追って駐車場へいそぐ。
どこへ行くかは父次第。
ふらふらドライブだけのこともあるし、お店に寄ってお菓子を買ってくれることも。
出かけるのは仕事が終わってからだから、いつも午後9時を過ぎていた。
夜出かけるのも楽しかったし、助手席にすわれるのも嬉しかった。
車にのりこむと父は一言も話さない。
小さな音でつけているラジオに少し反応するくらいで、とくに話をした記憶はない。
わたしも静かにドライブを楽しむふりをする。
さわいだりすると二度と連れてきてもらえないような気がしていた。
心はウキウキだったけれど、そんな感情に知らないふりをして。
わかったような顔をして静かにその場にまぎれこむことが得意な、子どもらしくない子どもだった。
気がむくとお店にも連れて行ってくれた。
わたしが子どものころは9時過ぎてまで開いているような店は少なく、いつも行くのはでんきが昼間のように明るいお店だった。
父がかならず買うのは缶コーヒーで、わたしはお菓子を1つだけ。
持って帰ると妹や弟がほしがるので、その場で食べてしまえる小さいもの。
一度だけかわいいキャラクターの缶に入ったチョコレートを買ってもらった。
特別なものを手にした嬉しさと、高価なものを買わせてしまった罪悪感のまじった複雑な気持ちで急いでポケットへしまった。
人の記憶はあいまいで、時には都合がいいように書き換えられたりするらしい。
父との思い出のドライブも、子どもらしくないまま成長したわたしの脳内で数十年かけて書き換えられているようだ。
当時両親は自宅で食堂を営んでいて夜遅くまで忙しくしていたし、妹も弟もいた。
そんななか、父と2人だけで出かけるなんて簡単にできるはずもなく。
母も父以上に多忙なうえに、幼い妹や弟がいっしょに行きたいと騒がないはずがない。
父が何度か気まぐれにタイミングよく誘ってくれたことはあったのだろう。
夜の車のにおいや、そこらじゅうピカピカのお店が、当時出来たばかりのコンビニエンスストアだったことははっきり覚えている。
チョコレートが入っていたキャラクターの缶も、複雑な気持ちとともにながいこと手もとにあった。
むかし話の真実を確かめることができなくなってから、わたしの思い出書き換え作業は加速し続けている。
山本ふみこさんからひとこと
「夜のドライブ」味わってくださいまし。
それに尽きます。
誰もが持っている芳(かぐわ)しい記憶を、こんなふうに、自分からとり出して、静かに描いでみたいものですね。
エッセーでも、詩でも、小説でも、戯曲でも、なんでもよいのです。
……ジャンルなど気にしないで。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次期通信制第9期の作品は10月から順次ハルメク365で公開予定です。(募集は終了しております。ご了承ください。)第9期も引き続きどうぞお楽しみに!
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