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- 「さつまいもの天ぷら」横山利子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。山本さんが選んだ参加者のエッセーをご紹介します。第8期6回目のテーマは「コンビニエンスストア」。横山利子さんの作品「さつまいもの天ぷら」と山本さんの講評です。
さつまいもの天ぷら
「きょうはいもの天ぷらだから油買ってきて」
と母が言った。小学3年生の時である。さつまいもの天ぷらは家族皆大好物だ。いそいそと油の一升ビンを下げて買いにいく。駅前には食料品の店が2軒あった。1軒は酒も売っていて、もう1軒は酒無し。私は酒無しの方に入る。
ガラス戸を開けるとすぐの土間に油の一斗缶が置いてあった。
おばあさんが漏斗(じょうご)をビンに差し入れ、細い柄のヒシャクで1合、2合と言いながら油を汲んでビンに流し入れた。一斗缶の中は周囲の油が白く固まっていて、真ん中がトロトロの液体だった。おばあさんが「寒いがらなあ、凍ったんだべ」と言った。
帰りぎわにおばあさんがアメを1つくれた。口に入るかと思うくらい大きいアメだった。その頃私は食が細かった。帰ってから妹にアメをあげたら大喜びだった。3つ違いの妹は体も大きく元気で、いつも近所の子どもたちの人気者だった。
「出来たよ」
飯台の中央に大皿に盛った天ぷらが置かれた。ドンと置かれた天ぷらで食卓がいつもより賑やかに見える。
あとは味噌汁、お浸し、漬け物の夕食だ。ゴボウとニンジンの千切りの天ぷらもあったが、子どもたちはさつまいもだけに箸がいく。父も母も妹たちも皆ニコニコしていた。
それから十数年後、私は町で就職しその後結婚した。
姑はその頃60歳、いつも具合が悪そうで寝ていることが多かった。頭痛薬を何度も飲む。ちょっと外出する時も前もって薬を飲んでから出掛ける。今思えば姑は具合が悪く大変だったと思う。当時の私はそれを思いやる余裕が無く暗い日を送るのがつらかった。
姑がたまに天ぷらを作ると言い出す。体調のいい時である。色白の顔の眼鏡の奥が心底楽しそうだった。
姑は70歳で逝った。私は今姑の年齢を超え、そして一人暮らしになった。もともと料理が苦手な私は揚げ物をしない。スーパーの総菜売場でさつまいもの天ぷらを見ると、たまに気持ちが動くことがある。いざ買って食べてみると何かが違う。同じさつまいもの天ぷらなのに。
誰も、やあやあと手を上げて寄ってきてはくれない。味もそっけなく、だからだろう、喉に詰まりそうになる。
山本ふみこさんからひとこと
ああ、さつまいもの天ぷら、食べたい! 無性に食べたい! と思いました。
一升ビンを提げて油を買いにゆくはなし、店のおばあさんがくれるアメ玉のはなし、にぎやかに囲む天ぷらの食卓のはなし、お姑さまのはなし……どれもいいなあ、いいなあ。
そうして、料理が苦手で、揚げものをしない、という正直でさりげない告白も、効いています。ええ、これ、大事なのです。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次期通信制第9期の作品は10月から順次ハルメク365で公開予定です。(募集は終了しております。ご了承ください。)第9期も引き続きどうぞお楽しみに!
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