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- 内多勝康|”この子”を助ける―強い思いが人を動かす
50代で医療福祉に転身、元NHKアナウンサー内多勝康さん。医療的ケアが必要な子どもと家族のための施設「もみじの家」で、ハウスマネージャーとして働いています。人を助けるために動ける人の共通点とは? 今誰かのためにできることについて伺いました。
内多 勝康(うちだ・かつやす)さんのプロフィール
1963年、東京都生まれ。東京大学卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。「首都圏ニュース845」「生活ほっとモーニング」のキャスターなどを務める。50歳を目前に専門学校へ入学し、2013年社会福祉士の資格を取得。2016年NHK退局後、国立成育医療研究センターの「もみじの家」(医療型短期入所施設)ハウスマネージャーに就任。著書に『「医療的ケア」の必要な子どもたち─第二の人生を歩む元NHKアナウンサーの奮闘記』(ミネルヴァ書房)。
元NHKアナウンサーが転職を決意!「もみじの家」
※このインタビューは2021年3月に行っています。
内多勝康さん(以下、内多):「もみじの家」は、子どもや妊婦に高度先進医療を提供している「国立成育医療研究センター」の敷地の一角にある施設です。
「もみじの家」を利用しているのは、主に「医療的ケア」を必要とする子ども(=医療的ケア児)と、その家族です。
近年、新生児医療の進歩で救える命が増えたことにより、人工呼吸器やチューブを通して胃に直接栄養を送る「経管栄養」が必要な状態で、自宅で生活する子どもが増え続けています。その人数は、全国に2万人以上と言われています。
しかし日本では、こういった状況への対応が遅れており、支援を受けられない親が昼夜問わず自宅で子どものケアに追われ、肉体的にも精神的にも追い詰められていくケースは珍しくありません。
「もみじの家」は、医療的ケアを要する子どもたちを数日間、施設のスタッフに託すことができる「医療型短期入所施設」です。
僕は2016年にNHKを辞め、「もみじの家」のハウスマネージャーとして働き始めました。
内多勝康さんの近況を知った読者の反応は
―以前、内多さんが「もみじの家」のハウスマネージャーに転身された経緯について、ハルメク365で「元NHKアナウンサーが50代で医療福祉に転職した訳」で紹介したところ、大きな反響がありました。
内多:当時、Yahoo!ニュースのトップ画面にも掲載されていたようで、家族から見直されました(笑)。私は古い人間で、インターネットの反響には疎いのでよくわかりませんが。
―記事へのコメントの中には、内多勝康さんを懐かしむ声、「医療的ケア」が必要な子どものことを初めて知ったという声、そして実際に寄付をしたという声もありました。
内多:僕の幸運なところは、NHK時代の僕のことを覚えてくれる人が時々いて、寄付をしてくれる人もいることです。「もみじの家」の収入の柱は、国からの障害福祉サービス費と地元自治体からの補助金、そして民間のみなさまからの寄付です。ですから、本当にありがたいことだと思います。
コロナ禍での施設運営を救ってくれた「寄付」
―新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けてから、「もみじの家」の環境に何か変化はありましたか?
内多:「もみじの家」は2020年の春に2か月の間、完全閉鎖となりました。あの頃は全国の小中学校も休校でしたし、閉鎖はやむを得ないという空気がありました。
社会全体が重苦しい空気に包まれる中、医療的ケア児の家族は感染のリスクを恐れながら「家族だけでがんばらなければいけない」という苦しい状況に置かれていたと思います。
一方で「もみじの家」も非常に苦しい状況に追い込まれました。というのも、我々の施設の収入は利用者数に応じて決定づけられるので、利用者がゼロになると収入がなくなってしまうからです。そうはいっても、看護師や保育士などのスタッフの人件費を含めた毎月の固定費は削ることはできませんから、途方に暮れていました。
そこで、「もみじの家」にご支援いただいたことのあるみなさんに緊急のお便りを出しました。新型コロナウイルスによる閉鎖で大幅な赤字が避けられない状況であること、寄付を検討していただきたいこと、周囲の方にも伝えていただけたら幸いであることを伝えました。
お恥ずかしい話ですが、本当にそこまで追い込まれていたのです。
―みなさんの反応はいかがでしたか?
内多:すぐに、多くの方から寄付が届きました。
中には「気付かなくてすいません」と言ってくださる人までいました。幸いなことに、2か月間の赤字を埋められるくらいの寄付が集まりました。優しい人がたくさんいて、胸がいっぱいになりました。
毎月、振り込みやクレジットカードで寄付してくださる方がいますし、寄付を申し出てくれる企業もあります。「日本に寄付文化は根づいていない」などと言われることもありますが、そんなことはないと僕は自信を持って言えます。
また、今はコロナ禍で受け入れは難しいのですが、ボランティアという形で大切な時間と労働力を無償で差し出してくれる人もいます。
―「もみじの家」のホームぺージでは、「ウィッシュリスト」としてAmazonで購入できる物品が公開されています。実際に物品は届くのでしょうか。
内多:はい、それはもうびっくりするくらいのスピードで。ウィッシュリストに掲載した次の日には物が届くこともあります。僕は、敬意を込めて「もみじの家のタイガーマスク」と呼んでいます。どうしても必要なときにだけウィッシュリストを掲載しているので、リストが空っぽのときは「なぜ載っていないんだ」と注意されることも(笑)。
寄付の方法も、人それぞれ合った形があるんだなと思わされます。
寄付金、物品、ボランティアと、いろんな形の支援があって、どういう形であれ、「『もみじの家』とつながってくれる人がいる」ということは、とてもありがたいことだと思っています。何らかの形で「もみじの家」を支えてくれる人の数は、この5年で1000人に上っています。これまでの活動の積み重ねの結果でもあるのかもしれません。
”誰か”の幸せを深く考えることが地域・社会を変える
―内多さんのお話から、「誰かの役に立ちたい」という思いを持つ方が多くいるのだと感じました。コロナ禍で人のつながりが希薄になり、従来のボランティア活動が難しくなっていますが、身近な地域や社会を少しでも良くするために、私たちはどのようなことを大切にしたらいいのでしょうか。
内多:福祉の業界で働くにあたり、僕が尊敬する方々の話を聞いて回ったところ、ある共通点があることに気付きました。みなさん、活動のきっかけとして「〇〇さんが困っていたから」と答えるんです。つまり、困っている相手が固有名詞だった。
ただ漠然と「日本全体をもっと良くしよう」という動機ではないんです。
「なぜ”この子”が、不自由な思いをしないといけないのか」
そんな理不尽さに気付いて、じゃあ自分が動いて社会、つまり制度や法律を変えていこう、「この子のために何ができるか」ということを突き詰めていった……という経験が、原点としてあったのです。
僕自身、医療福祉に転身したのは『クローズアップ現代』を担当して、医療的ケア児の親の声に触れたことがきっかけとなりました。
また尊敬する方々のお話を聞き、「一人の幸せを深く考えることで社会を変えることを目指す」という僕の方向性は間違っていない、と確信しました。
ようやく悲願が…子どもたちの成長にスポットが当たった
内多:今年で「もみじの家」で働き始めて5年となりますが、実はようやく一つの成果が出せました。
もみじの家では、子どもたちが楽しく遊んで過ごし、成長・発達につながるような「日中の活動」に力を入れています。そのために保育士を雇用してプレイルームも充実させています。でも国の制度上は、「医療的ケアや介護」のための報酬しか出ないので、「日中活動」の費用は施設の自己負担でした。
要するに、これまでの制度は、医療的ケアを要する子どもたちが豊かに過ごす権利について想定されていなかったのです。
同様の声は、全国の施設から聞かれました。そこで、全国で医療型短期入所施設を運営している人たちと協力して、厚生労働省に「日中活動支援加算」の要望を何度も諦めずに申請してきました。
こうした活動が功を奏してか、令和3年度から「もみじの家」のような医療型短期入所施設における日中活動に対して報酬が加算されることになりました。
まずは情報を発信することが大事
―追求してきたことが形になったんですね。読者の中にも「こうしたい」という強い思いはあるのに、実際に動くことを諦めてしまう人もいると思います。一歩踏み出すためにはどうしたらいいでしょうか。
内多:「自分はこういう人間で、誰かの役に立ちたい」と常に発信しておくことだと思います。
すぐに何かにつながるとは限りませんが、たまたま縁があって「だったら、明日からこういうことをやりませんか?」と言われるかもしれない。
心の中で思っているだけでは、周囲の人には伝わりません。自分の思いを発信することで、しかるべき情報にもアクセスしやすくなります。それに、口に出して言っている以上、やらざるを得なくなりますしね(笑)。
でも、実際にやってみると、しっくりこないこともあるかもしれない。それでも「まあ、次の機会もある」くらいの感じで、おおらかな気持ちで自分の気持ちを発信し続けるといいかもしれませんね。
内多さんのこれからの展望は?
―最後に、これからの展望をお聞かせください。
内多:最近では、利用者の数はずいぶん戻ってきましたが、それでもやはりコロナ禍前の水準には戻っていません。みなさまの寄付金に頼っている厳しい状況ですが、赤字をゼロに近付けたいですね。
ゆくゆくは「もみじの家」のような施設が全国にできて、どこにいても医療的ケアが必要な子どもと家族が幸せを感じることができる社会を夢見ています。
そして、ささやかな目標ですが、利用者の中には、子どもの人気職業であるYouTuberになることを夢見ている子もいるので、余裕ができたら知り合いのカメラマンに頼んでチャンネル作成の手伝いをするのもいいかも、なんて思っています(笑)。
取材・文=北川和子、構成・撮影=竹上久恵
※この記事は2021年4月の記事を再編集をして掲載しています。
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