公開日:2021/03/20
作家の寮美千子さんは、2007年から16年まで奈良少年刑務所で受刑者の少年たち186人に絵本の朗読や、詩を書く授業を行いました。その中で寮さんは少年たちの書く詩と、その詩に対する彼らの反応に触れ、人間の本質は優しさではないかと気付いたそう。
刑務所の少年たちが書いてくれた詩の中に、こんな一編がありました。
「すきな色」
ぼくのすきな色は
青色です
つぎにすきな色は
赤色です
確かに私は少年たちに、「書きたいことが見つからなかったら、好きな色について書いてきてください」と言いました。とはいえ、こんな直球の詩が来るとは思わず、のけぞりそうになりました。コメントに困っていたら、受講生がみんな手を挙げるのです。
「僕は、〇〇君の好きな色を一つじゃなくて、二つ聞けてよかったです」「僕も、二つも教えてもらってうれしかったです」「僕は、〇〇君は青と赤がほんまに好きなんやなあ、と思いました」……本当になぜ彼らは、こんなに素直に、優しさをあふれさせることができるのだろう。少年刑務所に入るほどの罪を犯した子なのに。
その詩を書いた子は、いつも表情がなくて、目も宙を泳いでいるような子でした。それがみんなの感想を聞いて、ふっと笑ったんです。刑務所の教官はそんな彼を見て「〇〇君、いい顔してるじゃないか」と言ったら、恥ずかしくなっちゃって頬がぽっと赤くなって、急に悪い魔法がとけて魂が戻って来たようでした。
彼の魔法をといたのは、この詩です。
そしてそれを「詩だ」と思って受け止めてくれた仲間です。私たちは何もしていません。こんな詩を書きなさいとも言いませんでしたし、この詩は上手ですね、と評価もしませんでした。やったことと言えば「おぜん立て」。ここなら何を言っても大丈夫、安心な場所ですよ、という場所づくりをしただけです。それでもこうした奇跡のような出来事が、毎回起きたのです。
これは、まだ純粋さが残る少年が対象だから起きえたことだったのでしょうか。私自身も疑問でしたが、あるとき私は別の刑務所で1日だけ、成人男子の受刑者に同じような授業を行う機会を得ました。
たった1日の授業でしたが、ある受刑者の作品に対し、みんなが「〇〇さんがそんな気持ちを持っていたなんて初めて知りました」「そんなにしんどかったら、僕に言ってください」「〇〇さんを助けてあげたいって思いました」……。そんな言葉が次々に飛び出したのです。驚きました。大人も子どもも同じなのです。
おそらく、作文ではなく詩という、より研ぎ澄まされた言葉で綴ることがよかったのではないかと思います。彼らは、心の襟を正して一生懸命に書いたでしょう。言葉にすることで自分の魂の隠していたい部分もバレてしまうかもしれない。怖い。そんな気持ちを乗り越えて一生懸命書く。その言葉は、スマートフォンやパソコンのSNSなどでやりとりされる言葉とは違います。
もっと神聖な言葉。その言葉を自分自身で「これは詩だ」と思ってみんなの前で読む。みんなが「ああ、詩だねえ」と受け止めてくれる。こうして言葉は詩になり、人の心を動かす力を持つのだ、と私は思いました。
私たちが行った「詩の授業」は、「社会性涵養(かんよう)プログラム」という教育の一環で、その人の内面を豊かに育てていく教育方法でしたが、他にもいろいろな種類の授業がありました。例えば、生まれたばかりの赤ちゃんと同じ重さの人形を彼らに抱いてもらい、自分もこのくらいの大きさ、重さで生まれてきて、今ここまで大きくなったのだということを実感してもらう授業。これは殺人を犯した少年たちが全員受ける授業でした。
また、10名ほどが集まり、一人が大きな毛糸の玉を持って、誰か一人に「あなたのこういうところが好きです」と伝えながら毛糸の玉を渡す。そうして次の人へ、次の人へと玉が渡されていくうちに、毛糸の網の目が張られていきます。その糸の網のように、人と人がつながっていて、みんながみんなに支えられているんだよ、これが社会ってものなんだ、と実感してもらう授業もありました。
私はこれを太陽教育だと思っています。「北風と太陽」の寓話があるでしょう。「自分の罪を反省しなさい」と指導するのが北風教育です。でも普通に生きてきた私でも、「自分のどこが悪いのか反省しなさい」と言われたら、とても苦しくなります。まして本当に罪を犯していれば、耐えられることではないでしょう。
私たちは授業の中で、一度も「反省しなさい」などと言ったことがありません。でも自分から、こんな詩を書いてくれた少年がいました。
「つぐない」
つぐない
きびしい刑務所生活
いつもかんがえる
被害者の心のキズ
つぐない
つぐないきれない
あやまち
もう二度と
つぐない
犯した事件
生きているまで
つぐないつづける
彼は、このプログラムを通して、自分が傷つけた相手にも同じ命、同じ人生があったのだということを悟り、自分のしたことに思い至ってこの詩を書いた。これが太陽教育なのだ、と私に実感させてくれた詩でした。
私は刑務所で受刑者たちと出会い、人間の本質は優しさなのだと信じることができました。ひどい罪を犯した人の中にも優しさがある。その優しさをうまく出せずに、罪を犯してしまったけれど、また変わることもできる。彼らがそれまで受けられなかった、他人からの共感や理解が得られれば、本当に更生することができるのではないかと思うのです。
残念なことに、奈良少年刑務所は2017年に廃庁となり、私の授業も終了となりました。しばらくは「刑務所ロス」でしたが、やがて児童自立援助ホームという、15歳から20歳までの家庭のない児童や、家庭にいることのできない問題を抱えた児童が、自立を目指すための施設で、少年刑務所で行ったのと同じ授業を行うチャンスに恵まれました。
私は刑務所で講師をしながらずっと「この子たちがここに来る前に、こうした授業をしてあげられたら、どんなにいいだろう」と思っていたので、これはうれしい経験でした。ただ、コロナ禍でなかなか集まって顔を合わせることができなくなっているのが目下の悩みです。どんなにテレビ電話などが発達しても、現実に顔を合わせ、言葉を交わす臨場感や場の空気感にはかないませんから。
教育者でも臨床心理士でもない私が、奈良少年刑務所の建物に憧れたことがきっかけで、受刑者たちに詩を教えることになり、人生観も人生そのものも変わりました。でもそれも、私一人の力で変わるわけではなく、人と人が出会って場を作るから変われたのです。こういう出会いで人生や社会が出来上がっていくことを、もっとたくさんの人に知ってほしい。そう願っています。
りょう・みちこ
作家。1955(昭和30)年、東京都生まれ。毎日童話新人賞、泉鏡花文学賞を受賞。2007~16年、奈良少年刑務所で、社会性涵養プログラムにおける言葉の講師を務める。絵本に『おおかみのこがはしってきて』(ロクリン社刊)、著書に『あふれでたのはやさしさだった』(西日本出版社刊)他多数。受刑者の詩をまとめた『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』はこの夏の「新潮文庫の100冊」に選ばれた。第2詩集『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社刊)には、「詩の教室を開く12のポイント」とベテラン教官に聞いた「子どもを追い詰めない育て方」を収録。2021年5月開催のハルメクのオンライン講座に登場予定。
※この記事は、雑誌「ハルメク」2020年11月号を再編集しています。
■もっと知りたい■
作家の寮美千子さんが、奈良少年刑務所の中で開いた「絵本と詩の教室」。ハルメクのオンライン講座で、寮さんが自ら体験を語り、少年たちの詩を朗読する会が実現しました。
>>詳しくは、ハルメク旅とイベントサイトをご確認ください
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