彼の博愛を死ぬまで忘れない

2018年09月05日

私の人生の基盤になったもの

ニューヨーク滞在記(2)彼の博愛を死ぬまで忘れない

夫の仕事に伴いニューヨークで海外生活がスタート。さまざまな国籍の人たちとの交流やボランティア活動への参加、その活動を通じて感じた人種差別など異文化体験を回顧します。今回はラボ№2のジェームズから受けた、わけ隔てない優しさについて綴ります。

NY最初の夜

ニューヨークに着いた当日の午後になって、ラボのボスであるボブ・レディーン(イスラエル人・ユダヤ教徒)との挨拶を済ませたころ、体内時計がまだ日本時間であった我々は、そろそろ一晩徹夜した感じで限界が近かった。同時に今夜はどこに泊まるんだろうか、と心配にもなってきた。

ボスとジェームズが何か話していたと思ったら、ジェームズが来い来いと手招きして、「ワイフは今ロンドンに行っていて留守だから、アパートメントが決まるまでうちに泊まっていいよ」と言ってくれた。大学のスタッフ用の宿舎か、どこか近くのモーテル(日本のそれとはちょっと意味が異なり、車で旅行、移動する人のための簡易宿泊施設)でも紹介してくれるのだろうと思っていたから、ジェームズの申し出は思ってもみない厚意だった。

アジアの同胞

出会ってまだ半日ほどしか経っていない我々を泊めてくれるなんて……と、言葉を失ってよほど戸惑った顔をしていたのだろう。ジェームズ・ライはにっこり笑って、「僕たちは同じアジア人だろ?」と言って夫の肩をポンとたたいたのだった。

私たち夫婦はそれから10日間ほどジェームズ宅に居候し、その間にチャイナタウンの点心(ディンサム)ランチに連れて行ってもらい、初めて(当時は悪名高かった)ニューヨークの地下鉄に乗った。トークンを入れて三本のバーがぐるんと回る自動改札もはじめてだった。ジェームズは地下鉄路線図をもらってきて、帰ってからこことここのラインは乗ってもよし、こっちは昼間だけならOK、ここは昼夜乗らない方が無難と教えてくれ、当分は二人で行動しなさいと、結構きつい口調で釘を刺した。

また、簡単なウェルカムパーティーも開いてくれて、隣のラボのアレックス・チュウ(香港出身・高校からアメリカで勉強した研究員)とジャネット(アメリカ人)夫妻、台湾出身の小梅(シャウメイ)とそのご主人など、「同じアジア人」の知り合いをどんどん紹介してくれた。

いつの頃からか日本では、地方から親類や友人が上京してくる場合、相手の方が気を遣ってホテルを予約していて、自宅に泊めるなどということはほとんどなくなったように思う。滞在が一週間以上になれば、よほど親しい間柄でなければ互いに無理! ということになるのだろう。

後日、夫が亡くなって、ジェームズとのクリスマスカードのやりとりも途絶えて久しいが、私はジェームズ・ライの本当の博愛を死ぬまで忘れない。
 

向かって右から、アレックス・チュウ、アレックスの従妹、アレックス夫人ジャネット、ジェームズ・ライ、その夫人イェンキン、ヨーコ(私)
向かって右から、アレックス・チュウ、アレックスの従妹、アレックス夫人ジャネット、ジェームズ・ライ、その夫人イェンキン、ヨーコ(私)。

ジェームズにはとうてい及ばない

20余年前、日本の学校現場では学級崩壊やら校内暴力の嵐が吹き荒れていた。そこで、一人娘には私立の中高一貫校を受験させようと、娘が小学校5年生の頃には夫婦でかなりの数の女子校の学校説明会に出かけた。いくつかの学校では夏休みを利用した短期語学留学とか、交換留学生制度を設けていた。同学年の生徒の家にホームステイしたりされたりするわけである。

ちょうどその頃我が家ではマンションを購入し、留学生を受け入れる余地があったので、夫とは『機会があれば受け入れてあげたいね。ジェームズがしてくれたように』と話し合っていた。しかし娘の中学受験直前に夫が急逝して、これらは夢のままで消えてしまった。

気楽なおひとり様の生活にどっぷり浸かってしまうと、他人と一緒に生活するのがはっきり言えば苦痛でしかなく、ジェームズにはとうてい及ばないなあと恥じ入るばかりである。

次は『JAPAN SOCIETYでのボランティア』についてレポートします。

YOKO☆瑛琉(える)
YOKO☆瑛琉(える)

2017年3月まで高校国語科教員でした。新婚の頃と、子どもが5歳の時と、二度アメリカに滞在する機会を得ました。その数年間のさまざまな体験が、妻として、母として、教員としての私の人生の基盤になった経緯をレポートします。

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