2年延ばしになっていた船旅、4か月後に迫る♪

いざ、ふたたびの海外旅行へ!

harumati

2016年、C型肝炎を克服してわずか21日後に脳出血になったharumatiさん。以来、体に障害が残り、海外旅行が叶わない日が続いていましたが、ついに今年、ふたたび船旅に挑戦しようとしています。

いざ、ふたたびの海外旅行へ!
温暖化の影響か、8月末にはもう実った稲。緑のグラデーションで茶畑へと繋がる、私の好きな風景
【目次】
  1. 移りゆく里山の風景の中で
  2. 障害を持つ重さと向き合いながら
  3. 不自由でも楽しめる旅の在り方を求めて

移りゆく里山の風景の中で

8月に入って、ピースボートから「9月8日に出航前懇談会を開催します」との案内が届きました。2年延ばしとなっていた54日間のオセアニアへの船旅が、もう4カ月後に迫ったのです。

自宅周辺には、見事に実った稲穂が、黄緑から青緑へとグラデーションを描きながら、田んぼから茶畑へとつながる美しい里山の風景が広がっています。そんな中で海外旅行の案内を受け取り、私は、ある出来事をまざまざと思い出しています。

5年前、夫と私は、我が家での長女母子とのプチ同居を終えるや否や、東京からニューヨークへと引っ越す次女家族の手伝いをすべく、アメリカへと飛び立ちました。ニューヨークの大学院で学ぶことになった次女に変わって、子どもたちの保育園や学校への送り迎えをしたり、住み心地のいい部屋を作るべく、片づけを手伝ったりしました。

1カ月半ほど次女のアパートに滞在した後、バスで長女家族の住むボストンへと移動しました。初めての、アメリカでの長期にわたる娘家族とのプチ同居に、私の胸は躍っていました。アメリカへ引っ越してから、既に10年以上たっていた長女家族は、アメリカでの生活がすっかり板についていました。夫と私は、孫を学校に迎えに行っては、大きな木が茂るグラウンドでお友達と走り回る孫の姿を眺めたり、慣れない英語で、お友達のシッターさんやおじいちゃんとプレイデイトの打ち合わせをしたりと、日本とはかなり違う放課後を楽しみました。

10月に入ると、「いい季節だから自転車で通勤する」と、娘の夫が言ってくれたので、車を借りきって、夫と2人でメイン州まで2泊の旅に出ました。湖に映り込んだ黄色を主調色にした紅葉、大きな石の上から滑るように落ちてくる滝。何もかもが壮大で、日本では見たことがない風景にすっかり魅了されました。

ニューヨークとボストン、併せて3か月のアメリカ滞在を終え、11月上旬、日本に帰ってきました。我が家が近づくにつれ、私は喪失感にとらわれ始めました。出発の頃には青々としていた稲は、すっかり刈り取られ、田んぼにはこぼれ種から出た弱々しい緑だけが。稲が実っていく様を見ず、稲刈りも見逃したということが、こんなにも淋しいものだとは! 稲作とともにある風景の移り変わりは、日本人のアイデンティティにこんなにも深く関わっていたのだ……来年は、絶対これを見逃したくない。しばらくは日本から出たくない……毎年のように続いていた海外旅行は、こうしてしばらくお休みすることになったのでした。

2016年1月、ボランティア活動の中で親しくなった、フィリピンの学生さんから、是非とのお誘いを受けて、1週間だけフィリピンへ出かけました。それが、体が自由に動かせた私の、最後の海外旅行となってしまいました。いつの間にかパスポートの期限も切れてしまっていました。

2016年でストップしているパスポート
2016年でストップしているパスポート

障害を持つ重さと向き合いながら

2016年に脳出血になった私。退院から2年半、訪問リハビリ、通所リハビリと形を変えながら、ほとんど休むことなく週に2回のリハビリを受け、毎日のようにラジオ体操と主に体幹を鍛え、柔軟性を保つための自主トレを続けてきました。

随分体力がつき、退院直後のように発熱することもなくなり、人混みの中でも杖をついてさえいれば、自信を持って歩けるようにもなりました。小さい文字でメモもとれるようになりました。

ところが、できることが増えれば増える程、麻痺している右半身に、無意識の内に必要以上に力が入ってしまうらしく、常に「勝手に筋トレ」状態となり、春ごろから右の肩から腕にかけて、重くてたまらなくなってしまったのです。そして油断すると右下がりの姿勢となり、体のバランスが崩れ、右足を引きずってしか歩けなくなってしまったのでした。

これではとても旅行どころではありません。ホームドクターに紹介状を書いてもらい、入院していた病院のリハビリ科を、再び受診しました。リハビリ科の専門医は、筋肉の緊張を緩める薬を4カ月かけて3種類も試して下さいました。が、どれも効果なし。もう、あきらめて、(これが私の障害だと思って付き合っていきます)と、先生に言おうと決意して行った8月の受診。その時先生から提案された奥の手。それがボツリヌス療法でした。

「脳卒中の後遺症 手足のつっぱり(痙縮)の治療について ポツリヌス療法を受けられる方へ」(グラクソ・スミスクライン株式会社)より
「脳卒中の後遺症 手足のつっぱり(痙縮)の治療について ポツリヌス療法を受けられる方へ」(グラクソ・スミスクライン株式会社)より

ボツリヌス療法とは、食中毒の原因ともなるボツリヌス菌が作り出すボツリヌストキシンと呼ばれるたんぱく質を筋肉内に注射することによって、筋肉の緊張を和らげるものだそうです。

もちろん、脳出血後遺症による障害ですから、これで治るわけではありません。3~4カ月で効果が切れ、繰り返し注射をすることが多いようです。今度こそ、障害=治らないものを持ってしまったのだという重さを、心底受け止める時期が来たのだと、改めて思いました。

不自由でも楽しめる旅の在り方を求めて

不自由ながらも元気に参加したい54日間オセアニアへの船旅。そして、不自由なりに楽しめる旅の在り方とは―障害を持った者にしかできない宿題をもらったようで、ちょっぴり張り切って、9月8日の「出航前懇談会」に参加しようと思います。

これからも、54日の船旅について準備段階からリアルタイムで書いていきたいと思います。


次回「クルーズ旅行出発まで、残り3か月。出航前懇親会へ」を読む

 

harumati

京都府 /69歳
京都府 /69歳

定年退職・年金生活者。45歳~66歳までC型肝炎と共生。2016年奇蹟とも思える完治から1か月もせず、今度は脳出血に襲われました。1年半の闘病、リハビリ生活後、2018年、旅行・ボランティア・夏休みの娘母子とのプチ同居を3本柱にした、悠々自適のリタイア生活を取り戻すべく仕切り直して再出発しました。

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