老後を生き抜く資金の確保

遅すぎない資産運用【前編】投資が怖かった私がNISAを始めた理由

遅すぎない資産運用【前編】投資が怖かった私がNISAを始めた理由

公開日:2026年04月10日

遅すぎない資産運用【前編】投資が怖かった私がNISAを始めた理由

人生100年時代を何歳まで生きるか、老後資金がいくら必要か、未来は霧の中です。見えているのは年金だけじゃ足りないこと。バブル崩壊で負債を抱えた親を見て投資は怖いものでした。でも意を決して初めての資産運用に取り組むことにしました。

このままでは80歳で路頭に迷うかもしれない

年金

長寿社会になった日本で100歳まで生きるとしたら、老後資金はいくら用意すればいいのか。50歳を迎えたときには後半の人生を設計すべきだったと、前期高齢者の私は後悔しています。ゴールの不確実さが頭の片隅にあると、毎日の生活が楽しめないからです。

私は65歳から年金を受給していますが、個人事業主として今も仕事を続けています。自宅でできるWEB制作業と文筆業、印税がメインの収入源。脊柱管狭窄症が持病になって以来、現役をほぼ引退した生活になりました。

バツ2の古希で独身だし、今から結婚するあてもないし、子どもには迷惑をかけたくない……。さすがにヤバイでしょ?と金食い虫だった高級マンションを手放しましたが、通帳に記載された売却金の額を見て、安堵する以上に不安が高まったのです。

売却金

ファイナンシャルプランなんて考えもしなかった能天気さ。計画なしに手持ち資金を取り崩していけば、80歳で路頭に迷って老後破産だって起こりかねません。恥ずかしながら生まれて初めて資産運用に目を向けました。

バブル崩壊で負債を抱えた父が反面教師に…

バブル崩壊

旧NISAの制度開始は2014年。かなり遅れて私がつみたてNISAを始めたのは2022年で、自宅を売却する前でした。この歳まで資産運用に前向きじゃなかったのは、株で大失敗した亡き父が反面教師となっていたからです。

一時は神奈川県の長者番付に名が載るほどだった父は、会社経営を人任せにして株取引に明け暮れていました。「今日1日でマンションが買えるほど儲かった!」と喜んでは、ハイリスク・ハイリターンの信用取引にのめりこんでいたのです。

そこに1990年のバブル崩壊。みるみる資産は激減して追証(保証金の追加請求)が発生しました。

億の負債を抱えたまま、脳卒中で倒れた父は半身不随になって介護施設へ。一人娘の私は弁護士の指導を仰ぎながら資産整理をしましたが、銀行預金以外は信じられないほど資産運用には嫌悪感を抱くようになりました。その考えを一変させたのがNISAだったのです。

人生のラストスパートでNISAを開始

フィナンシャルプラン

資産運用に後ろ向きだった私がNISAに惹かれた理由は、非課税投資枠の範囲内であれば税金がかからないから。しかもつみたてNISAなら少額の長期・分散投資が可能でリスクが抑えられるから。確定申告の手続きも原則として不要です。

自宅の売却代金はいつか高齢者施設に入るときの費用にしますが、物価が高騰していく日本ではそれだけじゃ足りないし、先行きが不透明です。普通預金には2年分の生活資金を置き、残りを変動10年の個人向け国債に投入して、月収の1/3はつみたてNISAに回すことにしました。

NISAの申し込み

昔みたいに派手な生活はできないけれど、趣味がファッションから投資に変わったことを天国の父はどう思っているでしょう。将来の役に立つのだから経理の知識を身につけなさいと、大学生で日商簿記2級の資格を取らされたことには大感謝です。何とかお金の計算だけはできますからね。

個人の貸借対照表をどう健全化していくか、人生のラストスパートが始まりました。

次回はそんな私が、投資の相談をする(意外な)相手についてお話しします。

織田ゆり子
織田ゆり子

作詞家、WEB制作プランナー、パーソナルスタイリスト。着せ替え人形で服をデザインしていた子ども時代からおしゃれが一番の趣味。アパレル・美容関係の交流が広く、同世代の女性が10歳若見えするファッションコーデを提案しています。ブログ「歳を隠すのをやめました」を毎日更新中。