ハーブ研究科・萩尾エリ子さんに聞く、ハーブの魅力

2023年05月05日

草花の不思議な力が人生の助けになる#1

ハーブ研究家・萩尾エリ子さんに聞く、ハーブの魅力

東京から蓼科(たてしな)に移住し、約40年にわたってハーブの魅力を伝え続けるハーブ研究家・萩尾エリ子さん。ハーブの魅力や蓼科の暮らしを伺いたくて、編集部は蓼科へ。わくわくするハーブの世界がそこにありました。2回にわたり紹介します。

蓼科の森にひっそりとたたずむ、小さなハーブショップ

長野県・諏訪の市街地を抜け、山道に入ってから車で15分ほど、木立の向こうに簡素な小屋のような建物が現れました。「蓼科HERBAL NOTE simples(ハーバルノート・シンプルズ)」。日本のハーブショップの草分けともいえる老舗です。店主は、この地の自然に惚れ込んで東京から移住し、約40年にわたってハーブの魅力を伝え続ける萩尾エリ子(はぎお・えりこ)さん。 

「こんにちは。道はすぐわかりました?」とふわふわのグレイヘアにゆったりしたワンピースをまとった萩尾さんが、歌うように迎えてくれました。まだ“アロマテラピー”という言葉も知られていない40年ほど前にこのお店を始め、知る人ぞ知る名店へと育てました。

蓼科の森にひっそりとたたずむ、小さなハーブショップ
小学校付属の作業場だった質素な店舗。
アンティークのような内装は、長く使われた物のリユース。木立の広がる庭にはリスも訪れます

「こんな場所ですが、ありがたいことに冬場も毎日お客様がいらっしゃるのよ。長くコロナ禍だったこともあり、香りや植物の力を求める方が増えているのかもしれませんね」(萩尾さん)

今は、お店の運営だけでなく、全国でハーブの講演や、病院でボランティアガーデンに携わるなど、精力的に活動を続けています。「こんな時代だからこそ、疲れた人の心と体を休める存在になれたら」と、色鮮やかなお茶を淹れて、思いを語ってくれました。

蓼科の美しい自然に魅せられて

萩尾さんが、東京・青山で夫と営んでいたカフェバーを閉じて、蓼科に移り住んだのは1976年。「たまたま旅行で訪れたら、空が広々として空気がきれいで、夫と“こんなところに住みたいね”と。その思いだけで移ってきちゃったんです」。

夜の仕事で昼夜が逆転していたことや、子どもを狭い公園でしか遊ばせられないことなど、東京の暮らしに閉塞感があったのかも、と振り返ります。

とはいえ仕事のあてもなく、暮らしは厳しいものでした。憧れだった陶芸工房を始めたものの、人はほとんど来ません。ハーブティーも置いていましたが、まだ日本ではなじみがなく、ハブ茶かと聞かれたこともあったそう。夏の爽やかな風に惹ひかれた蓼科ですが、冬の寒さは想像以上に手強く、すきま風の入る古い家ではお風呂上がりに髪が凍るほどでした。

それでも東京に帰りたいと思わなかったのは、「とにかく自然が美しかったんです。夏はもちろんだけど、冬も空気が凍ってキラキラして、それが少しずつ春になっていく喜びといったら! 一日として同じ景色はないのよ」。

ハーブの香りは心と体にいいとわかって、さらに探求

周辺の野山を歩くうち、自然の美しさだけでなくそのパワーに気付きます。東京ではうまく育たなかったハーブの苗が、家の裏庭では不思議なほど育ちました。 

「子どもの頃から、物語に出てくる“妖精”とか“薬草”といった響きに憧れがありました。蓼科に来て、植物はどれも美しいと思ったけれど、香りがある草花=ハーブに特に惹かれていったんです」(萩尾さん)

香りは心地よいだけでなく心身に作用するとわかると、さらに夢中に。分厚い本と首っ引きで、効能や使い方を学び始めます。

ハーブの香りは心と体にいいとわかって、さらに探求
ボロボロになるまで読んだ英国のハーブ本。
縁ある方からいただき、本を買う余裕もない頃の萩尾さんの、文字通りバイブルとなった一冊

「知れば知るほど、もっと知りたいことが出てくるんです。外国の本の方が詳しい、それを読むために英語もやらなきゃ、とか、化学も知らないと、とか」

 そうして得た知識と、前職で鍛えた舌を頼りにハーブティーのオリジナルブレンドを始めたところ、少しずつ訪れる人が増えていきました。ほどなく陶芸工房を閉め、ハーブ専門店に。テニスコートに隣接した場所に移ってレストランと広いオーガニックガーデンを併設すると、ツアーバスが訪れるなど、人気店になりました。
 

新天地で学んだ、自然と時間に任せるということ

ところが、移転から10年を待たずしてその場所は別荘地として売りに出されることに。閉店を余儀なくされます。
「運よく、最初にお店を開いた場所がまだ空いていたので、戻りました。それが今のお店です。オーガニックガーデンを更地に戻すのは悲しかったけれど……」

予想外の喜びもありました。移転前には何もなかった店の庭に、美しい木立ができていたのです。

新天地で学んだ、自然と時間に任せるということ
小川が流れ、四季折々の姿を見せる庭は、草花の宝庫。
きっちり作り込むのではなく、自然の状態にそっと手を添えて育てるのが、萩尾さん流のガーデニング

「石だらけで、来た頃は植物が育ちにくい土地でした。でも、植えていた苗のいくつかが育って葉が落ちて土が豊かになって、植物を育てて、というサイクルを繰り返すうちに、自然にきれいな庭ができたのでしょう。せっせと手をかけるより、自然と時間に任せる方がいいこともある、と学びました」(萩尾さん)

次回は、萩尾さんが思うハーブの魅力や不思議なパワーについて、また暮らしの中でのハーブの楽しみ方を紹介します。

萩尾エリ子さんのプロフィール

萩尾エリ子さんのプロフィール

ハーバリスト、アロマ・トレーナー。書籍、雑誌での執筆や講演を通じてハーブの魅力を伝えながら、諏訪中央病院にハーブガーデンを造る。現在も同病院で園芸ボランティアを務める他、諏訪赤十字病院でもアロマケアのボランティアを行っている。著書に『ハーブの図鑑』(池田書店刊)、『香りの扉、草の椅子』(扶桑社刊)など。
蓼科ハーバルノート・シンプルズ:☎0266-76-2282
※2021年時点の情報です。

取材・文=松尾肇子(編集部) 撮影=寺岡みゆき、蓼科ハーバルノート・シンプルズ

※この記事は、2021年6月号「ハルメク」の記事を再編集しています。
 


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