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2023.04.292023年08月27日
本物の豆腐のように、ささやかだけれど味わい深い人生
映画レビュー|小さな幸せを描く「高野豆腐店の春」
女性におすすめの最新映画情報を映画ジャーナリスト・立田敦子さんが解説。今回は、多くの名作が誕生してきた広島県尾道を舞台にした、父娘のこころ温まる物語「高野豆腐店の春」。小さな町で周囲の人と支え合い、幸せに生きる姿に感涙を禁じえない作品です。
「高野豆腐店の春」
下町情緒あふれる海辺の町、広島県の尾道(おのみち)は、小津安二郎(おづ・やすじろう)の「東京物語」、新藤兼人(しんどう・かねと)の「裸の島」、大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)の“尾道三部作”などの舞台として映画ファンによく知られている。
「高野(たかの)豆腐店の春」は、そんな“映画的な”風景を持つ尾道で、小さな豆腐店を営む父親と娘の物語だ。ちなみに、高野(たかの)は主人公の姓であり、高野豆腐(こうやどうふ)専門店ではない。
妻と早くに死に別れた辰雄(藤竜也〈ふじ・たつや〉)は、離婚歴のある娘の春(麻生久美子〈あそう・くみこ〉)と二人三脚で、昔ながらの製法や大豆にこだわり豆腐を作って販売している。水、大豆、にがりというシンプルな材料で作る豆腐だが、その作り手によって味わいも変わる。同じように見えても、しっかりとしたいい大豆で、丁寧に作られた豆腐は、確かにおいしい。
豆腐を愛する三原光尋(みはら・みつひろ)監督は、この豆腐というシンプルな食べ物に、人生の滋味を投影させる。
東京への進出を拒み、かたくななまでに昔ながらのやり方にこだわる職人気質の辰雄は、一見、時代遅れに見えるかもしれない。けれど、この映画は、“変わらないもの”の美しさにスポットライトを当てる。旧知の人たちと支え合う小さな町の温かさ、穏やかな暮らしの中のささやかな幸せ。
物語は、持病の悪化により娘の行く末を心配した辰雄が、娘の再婚相手を探そうと奔走するユーモアあふれるストーリーを軸に展開するが、辰雄が病院で知り合う同世代の女性ふみえ(中村久美〈なかむら・くみ〉)との交流には心を打たれるものがある。
戦争の傷痕を背負い生きた世代には、子ども世代には決して理解できないであろう“連帯”がある。哀しみも憤りもやるせなさも心の奥に秘め、ひたすら与えられた命をまっとうする。ラスト20分は感涙を禁じえない。
「高野豆腐店の春」
妻を早くに亡くした高野辰雄は、娘の春と二人で豆腐店を切り盛りしている。だが、持病の心臓病が悪化、自分が亡き後の春の行く末を案じた辰雄は、春に伴侶を見つけようとお見合い作戦を実行する。
監督/三原光尋
出演/藤竜也、麻生久美子、中村久美、徳井優、山田雅人、日向文、竹内都子、菅原大吉他
企画・製作/アルタミラピクチャーズ
配給/東京テアトル
2023年8月18日(金)より、シネ・リーブル池袋、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他、全国公開
今月のもう1本「ジェーンとシャルロット」
60年代にポップアイコンとなった女優・歌手のジェーン・バーキンは今年76歳。父親の違う3人の娘の次女である女優のシャルロット・ゲンズブールがそんな母の実像に迫る珠玉のドキュメンタリーである。
東京でのコンサートシーンに始まり、自死した長女ケイトについても赤裸々に語られるなど二人の親密な時間が映し出される。30年前に逝去した父セルジュ・ゲンズブールの家に二人で訪れるなど感動的かつ貴重な映像も。
監督・脚本/シャルロット・ゲンズブール
出演/ジェーン・バーキン、シャルロット・ゲンズブール、イヴアン・アタル他
製作/2021年、フランス
配給/リアリーライクフィルムズ
2023年8月4日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他、全国公開
文・立田敦子
たつた・あつこ 映画ジャーナリスト。雑誌や新聞などで執筆する他、カンヌ、ヴェネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。エンターテインメント・メディア『ファンズボイス』(fansvoice.jp)を運営。
※この記事は2023年9月号「ハルメク」の連載「トキメクシネマ」の掲載内容を再編集しています。