特集|岸惠子さんに学ぶ。「自分らしく生きる」心得

岸惠子さん「自分に向き合う孤独な時間を楽しむ」

岸惠子さん「自分に向き合う孤独な時間を楽しむ」

公開日:2021年06月13日

女優・作家として表現し続ける岸惠子(きし・けいこ)さんの言葉に「人生を自分らしく生きる心得」を学ぶ特集第3話。老いると悲惨でわびしい姿で描かれることが多い世間に憤りを感じると話す岸さん。では、すがすがしい老いの捉え方と孤独の受け止め方とは。

人生終盤、夕暮れに虹がかかるような輝きがあってもいい

好きなブランド、ソニア・リキエルのスーツに身を包んで
好きなブランド、ソニア・リキエルのスーツに身を包んで

――42年間に及ぶパリ生活を経て、近年は日本に拠点を置く岸惠子さん。一人舞台では、ベストセラー『わりなき恋』の朗読劇の他、小説に負けずとも劣らないほどドラマチックな自身の半生を語ります。(雑誌ハルメク2019年3月号インタビューより)

2019年5月、また一人で舞台に立ちます。前半は『わりなき恋』の朗読劇をさわりだけして、後半はトークショーをするつもりです。私自身がすでに立派な高齢者ですけど、今、日本には高齢者がすごく多いでしょう。それなのにテレビも雑誌も、老いゆく人の描き方があまりにも悲惨でわびしくて、私は憤りを感じていたんです。「そんなことばかりじゃないよ」と。

人生の終盤に、夕暮れに虹がかかるような輝きがあってもいいんじゃないか? そう思って書き始めたのが、成熟した男女の恋愛小説『わりなき恋』でした。丸4年かけて心血注いで書いた物語ですから、今度の朗読劇では凝縮して届けたいですね。

一人の舞台は、大変なエネルギーを使います。最初の2年は、自分で脚色した『わりなき恋』の一人芝居をやりましたが、衣装替えが6回で、水を飲む暇もなくステージを動き回っていたら、心臓に故障が出てしまって。 冠動脈狭窄症(かんどうみゃくきょうさくしょう)と診断されました。心臓の大事な血管が50%狭くなってしまい、ステントの手術をすれば広がるんですが、私は血管に異物を入れられるのが何だか怖くて。先生が「50%の狭窄はそれほど問題ない」と言うので、今のところ大丈夫だと思っています。

今度の舞台は、半年くらい前に決まったんですけど、同級生から「よく先のことを約束できるわね。死んじゃうかもしれないじゃない」と言われて(笑)。今年が最後の舞台になるかもしれないという覚悟はあります。私は今86歳、人生の最晩年でしょう。最近は忘れっぽくなったし、頭の中身はガタガタですよ。だけど割と元気に見えちゃうから困るんです(笑)。基本的に私は一人ですし、パリにいる娘一家には迷惑をかけられないですから、最期まで自分の力を信じるしかないですね。

 

どう生きたかという“中身の風景”が顔に表れている

どう生きたかという“中身の風景”が顔に表れている

『パリのおばあさんの物語』(スージー・モルゲンステルヌ著、セルジュ・ブロック絵、岸惠子訳、2008年千倉書房刊)。パリで一人暮らしをしているユダヤ人のおばあさんが自らの半生を振り返り、思いを語る。

 

フランスの絵本を10年近く前に翻訳した『パリのおばあさんの物語』は、よく読み返す本です。主人公のおばあさんはユダヤ人で、ひどい目に遭ってきたはずなのに、運命を恨みもせず、一人ですがすがしく生きている。自分で訳しておいて言うのもおかしいけれど、優しくて、素敵な言葉がいっぱいあるんです。例えば「もういちど、若くなってみたいと思いませんか?」と問われたおばあさんが、即座に「いいえ」と答え、「わたしにも、若いときがあったのよ。わたしの分の若さはもうもらったの。今は年をとるのがわたしの番」というセリフが、私はとても好きです。

老いは平等なさだめです。老いの身の孤独をどう生きてゆくか——。それは本人の力量次第だと思うんです。悲観的になって、めためたと崩れていってしまう人もいれば、このおばあさんのように、一人ぼっちでも、やわらかく爽やかに生きてゆく人もいる。人間誰しも、どう生まれてくるかは、本人のあずかり知らないところです。でも、どう生きるか、どう年を取るかというのは、その人の力だと、私は思いますね。

この物語の中で、おばあさんは鏡に映るしわだらけの自分の顔を見て、「いとおしいしわ」とつぶやくでしょう。私くらいの年になると、どう生きたかという“中身の風景”が、顔に表れるんです。だから顔のしわは、自分の生きてきた足跡。たるんでいるところも、受け入れなきゃならないなと思います。

 

友達は女が一人、男が一人いれば十分

イヤリングや指輪をせず、アンティークの大ぶりなブローチかペンダントを一つ、身につけるのが岸さん流
イヤリングや指輪をせず、アンティークの大ぶりなブローチかペンダントを一つ、身につけるのが岸さん流

今はエッセーを執筆中で、朝起きると、自分で用意した朝食をとり、コーヒーを飲んで、後は書斎でひたすら書いていることが多いですね。とても疲れますけど、一人で集中する時間は大事です。夕食はたいてい一人。たまに友達と食事をするのはいいけれど、いろんなことを考えたり、何かを読んだりしながら自由に一人で食べるのが私は好きです。

年を重ねて思うのは、友達は女が一人、男が一人いれば十分ということです。幸せなことに、私には本当に理解し合える年上の女友達が一人と、年下の男友達が一人います。他にも楽しいひとときを一緒に過ごす大切な人たちはいるけれど、数は多くありません。

高校が同じだった草笛光子(くさぶえ・みつこ)とは、ときどき年越しそばや正月のお雑煮を一緒に食べるくらい仲がいいんです。彼女は家に人を大勢呼ぶのが好きで、年賀状を毎年きちっとくれます。一方、私は年賀状を出さない主義なんですね。あるとき、彼女も年賀状をやめようとして、すごく寂しくなったんですって。何だかつながりが切れちゃう気がして、心細くなったと。私はそこが違っていて、つながりはなくていいと思っています。友達は女に一人、男に一人、そして離れて暮らす家族がいればいい。そう思っていれば、気が楽ですよ。

人間は、生まれてくるときも、死ぬときも一人でしょう。だから、“結局は一人”という自分と向き合って暮らしていく方が私はいいと思うし、それが居心地いいんです。

孤独をネガティブにとらえてしまったらおしまいです。人に頼らず、一人で自分の生活をきちっと営んでいけること。それが孤独ということです。そして孤独の先にある自由を、私は自分らしくすがすがしく生きてゆきたいと思っているんです。

 

岸惠子さんのプロフィール

岸惠子さんのプロフィール

きし・けいこ 1932年神奈川県横浜市生まれ。51年にデビュー、映画界を代表する女優となる。57年に渡仏するも、これまで90本あまりの映画に出演。代表作に『君の名は』『雪国』『おとうと』『かあちゃん』など。作家としても活躍し、『巴里の空はあかね雲』で文芸大賞エッセイ賞を、『ベラルーシの林檎』で日本エッセイストクラブ賞を受賞した。2004年旭日小綬章、 2011年にはフランス共和国政府より芸術文化勲章コマンドールを受章。2013年発表の小説『わりなき恋』はベストセラーに。

 

岸惠子さんの自伝が発売されました

最新刊『岸惠子自伝: 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』(岩波書店刊)

2021年4月28日発売、最新刊の自伝です。タイトルは「何らかの犠牲を払わなければ目的を達することはできない」という意味持つフランスのことわざ。畳みかけるほどの艱難辛苦、自分の心のままに挑み続ける姿が、円熟の筆で紡ぎ出されます。

取材・文=五十嵐香奈(編集部) 撮影=中西裕人(人物)、島﨑信一(本)スタイリング=松田綾子(オフィス・ドゥーエ)/ヘアメイク=石田伸(アーツ)

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HALMEK up編集部
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