「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302024年07月31日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第8期第4回
「島」小林登美子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期4回目のテーマは「あれ?」。小林登美子さんの作品「島」と山本さんの講評です。
島
「あれ?」
同時に目でそう言った。
駅のそばの小さな店のカウンターの隣の椅子に座り、わたしはサーリくん(仮名)と同じチャンポンを頼んだ。
「どこまで行くの?」
と聞く。
「東京!」とサーリくんは答えた。
「朝のフェリーで来て大学進学のため4時30分発の寝台列車に乗るつもり。だけど駅構内がいっぱいで参っている。」
わたしとすべて同じだった。それぞれ会計を済ませて店のドアを開けた時2人の目に飛び込んできたのは映画館の大きな看板だった。わたしたちは映画館に入った。どんな映画でもよかった。なにより「予告」も入れて約3時間、椅子に座って時間をつぶせることを喜んだ。
それまで一度も話したことがない男の人と映画を一緒に見ている自分に驚く。高校の同級生ではあるけれど。
サーリ君は野球部で活躍し女子に人気があった。でもわたしは同級生という以外の関心を全く持っていなかった。
映画が始まって1時間ほど経った頃、ふいに涙があふれて止まらなくなった。隣のサーリくんに気づかれないようわたしはそっと、しかし何度も涙をぬぐった。なぜ心動かされぬ映画を見て涙が出てくるのかわからなかった。
両親には奨学金をもらい生活費も自分で稼いで大学に行くと胸を張って、わたしは島を出てきた。東京に出発する時間がいよいよ迫ってきて緊張と不安が一気に押し寄せたのかもしれなかった。映画館を出たあとわたしたちは同じ寝台列車の別々の車両に乗り、東京へ出発した。
3段目のベッドはかなり揺れて眠れなかった。翌朝8時に列車は東京駅に着いた。
サーリくんとわたしは会話もせず、遠くから手をふって別れた。
それから7年後、上野の松坂屋の階段の踊り場でばったりサーリくんに会った。また「あれ?」と同時に言った。島に帰らずとりあえず就職した。でもいずれは島に帰るつもりだと言った。またしてもわたしと同じだった。
それから40年後、島に向かうフェリーの中で再会した。少し確かめるように「あれ?」と言いあった。彼は白髪が混じっていたが体形は昔のままだった。定年後やっと島に帰って暮らしていると言った。わたしは両親と東京に住んでいて、きょうはホテルに泊まると伝える。
サーリくんとの出逢いは毎回かなりドラマチックで恋物語に発展してもおかしくなかった。でも今のところ、そんなことにはなっていない。
映画館で涙を流し続けていたわたしをそっとしておいてくれたことを思い返し、次の「あれ?」に期待する。
山本ふみこさんからひとこと
ものがたりの世界を、旅する読書がかないました。
この作品にあらわれる彼は、「彼」という表記でした。出番も多く、大活躍の「彼」に名前をつけたくなりました。
サーリくんという仮名を送ったのは、わたしです。フィンラン語で「島」の意味です。
読み手によって、こころ揺すぶられる場面は異なるはずです。
わたしですか?
わたしは、ここ。
なにより〈予告〉も入れて3時間、椅子に座って時間をつぶせることを喜んだ。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
現在、次回9期のご参加者を募集しています。(抽選制)
詳しくは雑誌「ハルメク」9月号、またはハルメク365イベント予約ページをご覧ください。
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