「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302024年06月30日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第8期第3回
エッセー作品「○○教師」梨岡知佐子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期3回目のテーマは「反面教師」。梨岡知佐子さんの作品「○○教師」と山本さんの講評です。
○○教師
シニア世代とはいえ、体力も気力もまだある。まあまあ機嫌よく毎日を過ごしている。
人のお世話をすることがあったとしても、人のお世話になることはないだろうと思っていたわたしに、思いもよらぬ事態発生。
整形外科を受診し、足に麻酔を打つことになった。麻酔後、まだ足の感覚がもどらないので、夫に車で迎えに来てもらうこととする。
待ち合わせ場所まで、壁伝いにゆっくりと歩く。カタツムリのような動きだが、順調に歩いていたそのとき、
「あぁ。つかまるところがない……。」
いっしゅん焦る。
「まあ、なんとかなるだろう。」
と気持ちだけは勢いよく、一歩を踏み出すと……足に力が入らない。その場にへなへなと座り込んでしまった。
「だいじょうぶですか。」
ひとりの女性が駆けつけてくれて、わたしを抱きかかえて立たせてくれた。事情を話すと、待ち合わせ場所まで送ってくれるという。この先は、ゆっくり歩くからだいじょうぶです、と言ったのだが、
「いっしょに行きます。このままでは、私が心配なので。」
なんという温かいお言葉。ご厚意にあまえることにした。
支えてもらうと、とても歩きやすい。道々お話すると、介護士をしているとのこと。なっとく。プロはちがう。もしかしたら、わたしがよたよたと歩いているときも、見守ってくれていたのかもしれない。だからすぐに駆けよってくれたのでは……そんなことを思いながら、わたしの体を支える絶妙な力加減に感動する。
なんのお礼もできずに、その方とお別れしてしまったが、いただいた温かい気持ちだけはうずめてしまってはいけないと思った。
「反面教師」ということばがあるが、その対義語として「〇〇教師」という言葉はないらしい。それなら宮沢賢治の言葉をかりて、
「そういう者にわたしはなりたい」
ということにしておこう。
山本ふみこさんからひとこと
思いもよらぬ事態発生。
このくだりを読んで、くっと心持ちを立てました。
何があったんだろう……。
そうして、なるほどこれは、誰にも、わたしにも起こりうる事態だと思ったことでした。
でもそのあとの「梨岡知佐子」のに起きたやわらかい展開は、誰にもつくれるものではないと思います。
さりげない筆致も好ましく、宮沢賢治もうれしかろうな、と感じ入っています。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回募集については、2024年8月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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