「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302024年03月25日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第7期第6回
エッセー作品「カーなしライフ」栞子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第7期最終回のテーマは「聞いて聞いて」。栞子さんの作品「カーなしライフ」と山本さんの講評です。
カーなしライフ
出会ったころ、夫はすでに自分の車を持っていた。
バブルのころで、職場の人ほとんどが車持ちの時代ではあったけれど。
車なんて大きな買い物を決断できるなんて……と、それだけですごいと思ったりして。
めいっぱいのローンのもと手に入れたものだということを知るのは、結婚後のはなしだとしても。
幼いころから乗り物酔いに苦しめられていた。
特に車がいちばんの苦手だった。
どこかへ出かけるのはうれしいのに、車に乗るとすぐに気分がわるくなる。
それを知っている家族にも気分は伝染し、車内の空気がなんとなくくらい雰囲気になるのもつらかった。
学校の行事でも集団でバスに乗って出かけることが多く、乗り物酔いする人は前の方の席に割り当てられる。
前の席は先生の近くのことが多くて、緊張してもっと気分が悪くなったりして。
中学生くらいまで、移動をともなう学校行事の荷物の中には、いつも酔い止めの薬がはいっていた。
そんなわたしが夫の車では、車酔いのことなど忘れてしまっていた。
運転がうまいのか? いや、父も運転はとても上手だったし。
そしてわかってしまった。
家族で出かけるときはいつもぎゅうぎゅうの後部座席にすわっていたけれど、夫の車に乗るときは助手席だ。
助手席は、あたりまえだけれど視界がひらけていてむちゃくちゃ景色がよかった。
そうか、幼いわたしは行く先が見えないことへの不安もあったのかもしれない。
「それだけではないと思うけどなー。」
となりでラジオの音楽に合わせて大声でうたうわたしと、乗り物酔いが結びつかない夫はずっと反論している。
夫の車は結婚後も活躍し、子どもが生まれてからは少し大きな車に乗り換えた。
買い物に行くにもキャンプに行くにも大活躍してくれた。
車好きな夫は単身赴任先まで連れて行ったけれど、維持することがむつかしくなった数年前に手放すことになった。
どこへいくにもかかせない大事な存在だったけれど、今手元に車はない。
最近の移動手段は、遠い所へは電車で、近場は歩いたりときどきはゆるゆると走って。
夫は運転に、わたしはラジオに集中しなくてもよくなったぶん、落ち着いてはなしができる時間が増えたように思う。
駐車場の心配もしなくていいし、止まりたいところで止まれるし。
まだまだ新しい発見ができそうだ。
「あのかたち、かっこいいなぁ。」
「つぎはあんな色もいいね。」
ときどきそんなはなしもするけれど、もうすこしカーなしライフは続きそう。
山本ふみこさんからひとこと
正直でさりげなくて、気持ちのよいエッセーです。
車好きな夫は単身赴任先まで連れていったけれど、維持するのがむつかしくなった数年前に手放すことになった。
じつは、わたしは、ここを読んだとき、ああやはり栞子という書き手を好きだなあ、と思ったのです。車の維持がむつかしくなった、という話は、理由がどうでも、書きにくいことではないでしょうか。書きにくいことを、そっと置いておく、というのは、書き手の覚悟のうちです。
静かに淡淡と、書きにくいこと、云いにくいことを置くと、そこに読み手はひきつけられるのです。共感しつつ信頼を寄せるというか。
このあたりの事情について、またべつの物語を読みたくもなります。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次期通信制8期の作品は5月から順次ハルメク365で公開予定です。(募集は終了しております。ご了承ください。)
8期も引き続きどうぞお楽しみに!
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