「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302023年11月25日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第7期第2回
エッセー作品「誰も書きそうにないこと」大井洋子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「口紅」です。大井洋子さんの作品「誰も書きそうにないこと」と山本さんの講評です。
誰も書きそうにないこと
10年前、偶然NHK俳句を目にした。
講師である夏井いつき先生の、季語の持つ要素(視覚、味覚、連想力など)を成分図に表し、季語の力を目で見て知るという教え方に興味を惹かれた。
近頃は、「凡人からの脱出」をテーマに、投句を「凡、半凡、脱凡」に分けて、平凡な句もどんどん紹介するので、何故、「凡」と評価されるのかがよく分かる。
いろいろな決まりごとがあるので、わたし自身は俳句を作ろうと思わないが、俳句番組を見ていると、語彙が増え想像力が高まる気がする。
昨今の俳句ブームの立役者である夏井先生の句会へ、先月興味津々で足を運んだ。
入り口で、俳句を作る虎の巻と季語集、投句用紙を受け取った。
老若男女で埋まった市民ホールの、前から3列目の端がわたしの席。
「おお、テレビで見るのと同じ顔だ」
「きょうの昼に麺類を食べたひとは、手を上げてください」
先生は、該当者が一人だけになるまで質問をくり返した。
「この600人の中で、昼食に冷凍ナポリタンをチンして一人きりで食べて、プロテインを飲んだのは、この青年だけです」
こんな具合にして、誰も書きそうにないこと、人物、物、風景、それらの様子などを見つけると、「いい俳句のタネ」になりますと説明した。
次に、台所用品を兼題にして俳句を作り、投句用紙に書いて提出することになった。
句会とは、自作の俳句を作り発表し合い、批評し合う場だと知り、のほほんと座っていたわたしは、急に内心穏やかでなくなった。
誰も書きそうにないこと。そうだ、昼食の鰺にコショウを振って焼いた。普通は塩だ。
これしか思いつかない。ええいやっ、秋の季語を取り合わせれば何とかなるでしょ。
目前で先生が選句をし終えると、優秀な九句が大きく張り出された。
「我と鍋 こわれもせずに 秋深し」
選評が終了するまで名乗らないのが、約束。
作者が発表された途端、わたしの斜め前に座っていた女性が立ち上がると、その隣席の人達が興奮して「凄い凄い」とポンポン肩をたたき祝福していた。
意味深でしかも大いに共感できる句だと、わたしは思った。
家族や友人と来ていた人は、自分の句がその場で高評価され、より誇らしかっただろう。
夏井いつき先生の印象は、明瞭な発音と相手の気持ちを全て受け止めてくれるような雰囲気。
口紅を塗っていないかのように見える笑顔は、終始自然体で、気さくな言葉遣いを一層温かみのあるものに感じさせた。
秀句と比べて、自分の句がお粗末なことを自覚したが、俳句を簡単に作る技を学べたので、俳句の敷居が少しだけ低くなったように思えた。
「書けないし、見に来ただけだから投句しなかったわ」
と、隣席のひと。そういう手もあったなあ。
山本ふみこさんからひとこと
俳句も随筆・エッセイも、書き手の人生観、生き方、ものごとのとらえ方、センスが問われる。
そのことを、あらためて噛みしめたことです。
昼食の鯵にコショウを振って焼いた。
というセンスにも、しびれました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、2024年1月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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