言葉の力、再発見「大和言葉」・1

大和言葉とは?美しい響きと思いやりの心に癒されよう

公開日:2021.01.02

更新日:2024.03.05

当たり前のように使っている日本語ですが、人と人とをつなぐ大切な媒体であり、自分と人を励ましてくれる、心の支えでもあります。「大和言葉(やまとことば)」の相手の心を包み込む、懐かしい言葉の世界に触れてみてください。人間関係もよくなりますよ。

日本の風土で生まれ、育まれた美しい言葉たち

日本で生まれた大和言葉

うさぎ追いし彼の山
こぶな釣りし彼の川
夢はいまもめぐりて 
忘れがたきふるさと

日本人なら誰もが知っている唱歌「ふるさと」。日本の歌として、海外でも広く知られています。

この歌を口ずさむと、子どもが野の花の咲く山を駆け回ったり、川のせせらぎを聞きながら釣り糸を垂らしたりと美しい里山の眺めが自然と思い起こされ、どこか懐かしく感じるという人も多いのではないでしょうか。

「うさぎ」「追う」「山」「こぶな」「釣る」「川」「夢」「めぐる」「忘れがたい」「ふるさと」……。この歌の歌詞はすべて、日本固有の言葉である「大和言葉」で作られています。

「日本の風土で生まれ、育まれてきた言葉でできているからこそ、この歌がこれほどに日本人の心に染み入るのだと思います」と、『日本の大和言葉を美しく話す』(東邦出版刊)の著者で、文筆家の高橋こうじさんは言います。

大和言葉には、気候や風景を表す美しい表現がたくさんあります。

風も波もない海の様子を「凪(なぎ)」と呼び、土砂降りの雨を「篠突く(しのつく)雨」、変わりやすい天気を「狐日和(きつねびより)」、月が出ていないのに満天の星で明るい夜を「星月夜(ほしづきよ)」、家々の屋根が連なる様子を「甍(いらか)の波」。

どれも目を閉じて耳にしただけで、その様が具体的に、さらに趣深く目に浮かんできます。

日本人の遺伝子に刻み込まれた、やさしい音の響き

高橋さんによると、大和言葉とは中国から伝わった「漢語」や、カタカナ表記の「外来語」ではない言葉のこと。つまりは漢字表記を訓読みしたり、ひらがなで書かれたりする言葉です。

まだ書き文字が存在しない太古の時代から、日本に暮らす人々が感情や状態を伝える手段として使い、発達してきたため、その響きを耳にしただけで誰もが理解できる、つまり日本人の遺伝子に刻み込まれたような特徴があるのだといいます。

冒頭の「ふるさと」の歌詞の「ふるさと」の部分を漢語の「郷里」と置き換えると、そのことがよくわかります。

「キョウリ」と聞いただけでは「教理」「胸裏」「鏡裏」などいくつもの同音異義語があるため、音を聞いただけでは瞬間的に「ふるさと」に結びつけることが難しくなってしまいます。

それに対して「ふるさと」は、同音異義語はなく、いわば唯一無二の言葉。「ふるさと」という言葉を耳にすれば、誰もがすぐに生まれ育った地を思い起こせます。

「大和言葉はその一音一音にご先祖様の感性が投影されているともいえます。そのことを想像しながら発音すると、言葉へのありがたみと味わいがいっそう増してくる。そんな楽しみ方も大和言葉にはあります」(高橋さん)

特に高橋さんがお気に入りの響きが「ゆくりなく」(思いがけず)、「何くれとなく」(すべての面で)。

大和言葉の音は音節の母音がすべて平等に響くため、外国人に「口にすると、まるで歌を歌っているようで楽しい」と言われるのだそう。

5月から6月の初めまでに降る長雨を指す「卯の花腐し(うのはなくだし)」も、歌うような響きをもった言葉の一つ。声に出して使ってみたい大和言葉です。

大和言葉が持つ、傷ついた心を癒やしていたわる力

大和言葉の持つ言葉の力

では、なぜ今、大和言葉が注目を集めるのでしょうか。

「日本の文化が世界に認められるような動きの中で、自分たちの国の古きよき文化をもう一度見直そうという風潮が高まっていることが背景にある」と高橋さん。東日本大震災も、私たちが言葉に意識を向けるきっかけになったといいます。

「震災後、悲しみの中でさまざまな言葉が飛び交いました。盛んに言われた“絆”も大和言葉。漢語や外来語と比べ、日本人の心に深く染みる大和言葉が、小さい子どもからお年寄りまであらゆる世代の傷ついた心を癒やし、いたわる力をもっていることに、私たちが気付き始めているのではないでしょうか」(高橋さん)

大和言葉には、「いただきます」「ありがとう」のように普段遣いをされている言葉がある一方で、日常会話の中から消えつつある言葉もあります。

高橋さんの本を読んだ読者からは、「紹介されている大和言葉を見ていたら、よくこんな言葉を使っていた女学校の先生のことを懐かしく思い出した」という声も寄せられるそうです。「たしかに戦前くらいまでは、デートのことを『逢瀬』、料理することを『煮炊きする』など、今よりも多くの大和言葉が日常会話の中で使われていました」(高橋さん)

思いやりと奥ゆかしさを含む大和言葉で、人間関係を円滑に

美しい大和言葉で人間関係を円滑に

戦前を舞台にした小説にも大和言葉はよく使われています。たとえば、夫が妻の手料理に対して言った「やはり、お前がこしらえてくれたものは旨いな」(新田次郎著『芙蓉の人』文春文庫)という表現。

「料理」とするより「こしらえてくれたもの」とすることで、あらためて「ありがとう」と言わずとも心のこもった料理への感謝が響きの中からさりげなく伝わってきます。

このように、大和言葉には相手への思いやりと日本人が美徳とする“奥ゆかしさ”を含むものが数多くあります。

来客があったときに使う「ようこそお運びくださいました」は、遠方から来た相手に対してのねぎらいと歓迎の気持ちがあり、お礼を言われたときに返す「行き届きませんで」には、「それほどのことをしていませんよ」という謙虚さが表現されています。

高橋さんはこのような奥ゆかしさをまとった大和言葉が生まれた背景を「今も謙虚さが美徳とされているように、日本人には古くから相手を立てることでよい関係を築く習慣があった。それが自然と言葉のニュアンスに含まれていったためではないか」と考えています。

そうした素地の上に生まれた大和言葉は、物事の言い回しを角の立たない表現にやわらげてくれるため、人間関係を円満にするのにも効果的だといいます。

日本人によって代々受け継がれてきた豊かな表現力と奥ゆかしさ。「使うことで言葉は初めて生きてくるものです。ぜひ日常で使ってみてください」(高橋さん)

次回は、美しい大和言葉の使い方!4つのコツと言い換え例文を紹介します。

■教えてくれた人

高橋こうじさん 

たかはし・こうじ 文筆家。1961(昭和36)年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。大学在学中からテレビ番組の企画に携わる。「言葉とは何か」をテーマにしたシナリオ「姉妹」では、第10回読売テレビゴールデンシナリオ賞で優秀賞受賞。言葉と会話をめぐる人間心理についての研究に力を注いでおり、『日本の大和言葉を美しく話す』(東邦出版刊)は累計30万部のヒットとなっている。

取材・文=小林美香(ハルメク編集部)
※この記事は雑誌「いきいき(現・ハルメク)」2015年7月号に掲載したものを再編集しています。

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