公開日:2018/09/13

更新日:2021/07/14

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素朴な疑問

直木賞って誰が由来なの?

直木賞って誰が由来なの?

 

「芥川賞 直木賞決まる」

 

この見出しをニュースや新聞で見かけると「あれ、芥川賞と直木賞ってこのあいだ発表されていたような……まさかボケちゃった??」と一瞬ヒヤッとしますよね(私だけ?)

 

安心してください。芥川賞と直木賞は年に2回(1月と7月)発表されているのでした!

 

まったく、この日本一有名な文学賞が発表されるたびに、時の流れの速さを実感せざるをえない今日この頃ですが、改めて考えると芥川賞と直木賞の名前ってどこから来ているのでしょう? 「文学、芥川」とくれば、芥川賞が文豪・芥川龍之介からきていることは容易に想像できるのですが。

 

直木って……だれ? というあなた(実はワタシ)のために、調べてみました。

 

直木賞は直木三十五(なおきさんじゅうご)に由来する

直木賞の正式名称は「直木三十五賞」です。ハイ、正解があっさり見つかりましたね。直木三十五(なおきさんじゅうご、と読みます)は昭和初期に活躍した作家で、数々の時代小説を書き、また脚本家や映画監督も務めた人物です。

 

この直木三十五というちょっとへんてこりんな名前(すみません)は、本人がつけたペンネーム。本名は植村宗一さんといい、31歳のときに雑誌で評論を連載することになった際、「直木三十一」という名前をつけたのだそうです。

 

直木三十五の名前エピソード

直木という苗字は、本名の「植」という文字を「木」と「直」に分解し、ひっくり返したもの。そして「三十一」は当時の年齢を表しています。自分の年齢をペンネームにするだけでも斬新なのに、年を重ねるごとに「直木三十二」「直木三十三」と毎年改名したというのですから、よほどの変わり者……失礼、ユニークな感性の持ち主だったのでしょう。

 

直木三十五とはどんな人?

なにはともあれ昭和4年、週刊誌に連載した時代小説『由比根元大殺記(ゆいこんげんだいさつき)』がヒット。その2年後には『南国太平記』で、流行作家としての地位を不動のものにしました。大衆文芸作品を数多く手がけ、直木作品を原作とした映画も50本近く上映されるほど大人気だったそうです。

 

そんな直木三十五は昭和9年、43歳という若さで病死。文藝春秋社の創業者で直木三十五の友人だった菊池寛は「大衆文学の歴史を変える貢献」をした人物として彼を讃え、直木三十五を超える作家を発掘する目的で、昭和10年に直木賞を創設しました。当初は新人作家が対象でしたが、現在は新進・中堅作家によるエンターテインメント小説の単行本が選ばれています。ちなみに、直木賞の正賞は懐中時計、副賞は100万円です。

 

ところで、お気付きでしょうか。「直木三十一」から始まったペンネームルール、本来なら「直木四十三」まで進んだはず。実は三十二、三十三まで進んだものの、編集者がうっかりして34歳になっても三十三のままになったらしいです。その後、一説では、33は「散々」と読めたりして縁起の悪いことなどの理由で三十五にしたものの、菊池寛から「いいかげんにしろ」と忠告されたこともあって「直木三十五」に落ち着いたとか。

 

今や多くの作家の人生を左右するほどの存在となった直木三十五賞ですが、本人は三十五だろうが三十六だろうが、細かいことは気にしていなかったのかもしれませんね。

 

じゃあ、私がいろんなこと忘れても別にいっか!(ダメです)

 

 

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参照:文藝春秋

   日本文学振興会

   直木三十五記念館

 

ミステリ小説が好き
賞金100万円かあ…

イラスト:飛田冬子 

 


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