荒行「大峯千日回峰行」の満行者

塩沼亮潤大阿闍梨「人生を変えていく3つの言葉」

公開日:2021.01.10

更新日:2023.05.02

生と死の境をさまようほどのすさまじさといわれる大峯千日回峰行と四無行。1300年の歴史で達成できたのはわずか2人です。その一人、塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)大阿闍梨(だいあじゃり)に、人生を好転させる心と習慣を教えていただきました。

死と隣り合わせの「大峯千日回峰行」とは

写真提供=慈眼寺

はじめに、塩沼亮潤大阿闍梨が成し遂げた「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」がどのような行なのかを説明しましょう。

年間4か月(5月3日~9月3日)と定められた期間で、標高1719m、一日往復48kmの険しい山道を千日間歩き続ける修行です。午前零時にお堂を出発し、提灯と杖を携え入山、道ならぬ道を歩き山頂を経て16時間かけて下山します。天候や体調にかかわらず、毎日これを繰り返します。

一度行に入ると途中でやめることはできず、万が一やめなければならない場合は短刀で切腹するか首をくくって命を絶つという厳しい掟があります。こうして満行するには9年の歳月がかかります。満行した者が、「大行満大阿闍梨」となります。
 
さらに塩沼さんはその1年後、「四無行(しむぎょう)」という修行に入りました。これは、食べない、飲まない、寝ない、横にならない、を9日間続けるものです。行の間は20万遍の真言を唱え続けます。

5日目から、一日に1回、口をすすぐことが許されますが、なみなみと注がれた器の水を口に含みすすいだ後、別の空の器に吐き出し、その水が少しでも最初の量より減っていた場合、飲んだとみなされて修行はそこで終了となります。

生きて成就する確率は50%ともいわれ、命を賭けた行とされるため、四無行に入る前には、縁のある人々に別れを告げる「生き葬式」を行います。

塩沼さんはこの四無行も、満行しました。

大峯千日回峰行で使用した梵天袈裟と尻に当てる引敷。修行中は常に自刃用の短刀(右)を携えていた塩沼さん

 

私が毎日繰り返すことで見出そうとしたもの

肉体的、精神的に極限状態となる修行では、一瞬一瞬が命がけでした。写真提供=慈眼寺

23歳で大峯千日回峰行に入り、足掛け9年をかけて修行をいたしました。世間のみなさまは、修行の内容やそれを満行したことに注目してくださるのですが、私にとってこの修行は、「人はいかに生きるべきか」の私なりの解を見出すための、自分磨きでした。

お釈迦様はこう言っておられます。「同じことを同じように、情熱を持って繰り返していると、悟る可能性がある」。

ですから、歩くという当たり前のことを、当たり前のように繰り返す。これこそを大切にしていた修行でした。

といいましても、往復48kmの山道を千日も歩いておりますと、嵐の日もあれば雪の日もあるし、自分の体調がいいときも悪いときもある。とかくマイナス思考に傾きがちになります。そこをすぐにプラスに切り替えて、与えられた環境の中で精いっぱい、明るい気持ちで繰り返すわけです。

例えば、修行中に目が覚めるとひざに水がたまっていたり、高熱が出ていたりした日もありました。苦しいのですが、そこにとらわれてはなりません。「そうきたか、じゃあ、どうやって乗り切ってやろうか」と、楽しむ自分がおりました。

そのような繰り返しの中で、いかに生きるべきかが、なるほどそうかと、一つ一つわかってくるのです。

 

心をマイナスからプラスに切り替えるには


心をマイナスからプラスに切り替えて繰り返すというのは、修行の世界だけでなく、みなさんの日常生活の中でも同じだと思います。

イラッとしたりムッとしたりすることは、生きていればよくありますね。思い通りにならない事態にも出くわすでしょう。そのたびに心はプラスとマイナスの間を揺れ動きます。

相手や状況にとらわれていると、気持ちはどんどんマイナスへ傾くし、恨んだり憎んだり愚痴を言ったりは、闇へ向かうばかりです。そうした気持ちを、なるべく早くプラスに転換することが、人生を生きていく知恵なのです。

マイナスからプラスに早めに切り替えることは、実はとても簡単なことです。

なかなかそうできないのは、自分で言い訳をして難しくしているからなのです。私がこう思っていても相手はそう思っていないのではないか、ああしても○○のせいでうまくいかない……。そうしたマイナスの感情は、全部いりません。

仏教では「忘れて、捨てる、許す、喜ぶ」といいますが、マイナスの心は一度ぐっとこらえて、すっかり「忘れて、捨てて」みてください。そして、目の前の状況を受け入れてみる。さらに言い訳や思い込みにとらわれていた自分を、それでいい、と自由に解放しましょう。これを「許す」といいます。

「忘れて、捨てて、許す」。すると気持ちが変わり、周りが変わり、人生も変わっていきます。これをすぐに実行するなんて難しい、と思われる方がいるかもしれません。でも、誰でもできるタイミングは必ずやってきます。

大変な状況に置かれていらっしゃる方は、今は「功徳の貯金をしている」と考えてみてください。すると、苦しいこともいつか、このためにあったのかと思えたり、自分を育ててくれる天から与えられたプレゼントだったと、感謝や喜びに変わる時がきます。

また、自分にも周りにも負担のない程度でいいですから、自分をクリエイトしていく努力を実践し、続けていってほしいと思います。すると一日一日の価値も変わってきます。一日1mmの努力でよいのです。1か月すれば30mm、1年たてば365mmです。木の幹に例えたら、1年でこんなに幹が太くなる木はありません。

もし、今の生活にマンネリを感じている方がいらっしゃるとすれば、それは恵まれ過ぎているからかもしれませんね。日本を見渡せば、今日のご飯を心配する人々がいます。世界に目を向ければ、今日生き抜くことを案ずる人々がいます。私たちは少なくとも、毎日ご飯を食べることができています。ありがたいことではありませんか。

 

人生を転ずる3つの言葉、心と行動を一体にして 

修行を通して改めてわかったことは、人として大切なのは「礼儀」、すなわち「感謝」と「反省」と「敬意」の心を持つことでした。私は講演や勉強のために海外へ行く機会があるのですが、あちらでは決まって「you are gentleman」と言われます。礼儀正しいですね、と。

日本人は本来、子どもの頃に親に教わってきているから、みんな礼儀正しいはずです。目上の人を敬いなさい、出されたものは感謝して好き嫌いなく頂きなさい、約束と時間は守りなさい……。私も母から教わりました。

修行が終わり故郷に戻ったときも、母は集まってくださったみなさんの前で「亮潤は、大阿闍梨という立派な称号を頂戴して帰ってまいりますが、32歳のただの世間知らずです。どうぞ、鍛えてやってください」と、私の知らないところでお願いしていたそうです。

礼儀の基本は「ありがとう」「すみません」「はい」の3つの言葉です。

「ありがとう」には感謝を込めます。

「すみません」には謙虚に自分をかえりみる反省の心を。

「はい(拝)」は相手に敬意を払う気持ちを持って。

どれも当たり前の言葉ですけれども、心を込めて声に出しているかというと、365日そうはできていないのではないでしょうか。

あるご夫婦の話をしましょう。朝、そのご夫婦はお互いに「おはよう」とあいさつをしません。その代わり、妻が夫に言うのは「お父さん、ゴミ出して」でした。夫は内心ムッとしながら、返事もせずにゴミを出していました。

ある日から、そのお父さんは、いつもの「ゴミ出して」に「はい!」と明るく応えました。すると1週間ほどしたらご飯の盛りがよくなり、1か月したら冷え切った夫婦仲が円満になったというのです。

ちょっとした笑い話ですが、私はこの男性に「大阿闍梨さんの言う通り、『はい』という返事一つで生活が変わりました」とお礼を言われました。
 
みなさんも、心と言葉と行動が一体となったあいさつを、一日一日、繰り返してみてください。「はい」なんて、わずか1秒足らずの短い言葉です。

この一歩を踏み出そうとするだけでもすごいことです。1年後のあなたの人生は、確実に変わっているはずです。                                                                    


■お話ししてくれたのは
慈眼寺住職 大阿闍梨・塩沼亮潤さん                                                              

                                    
しおぬま・りょうじゅん                                                                
1968(昭和43年)年、宮城県生まれ。小学生のとき、テレビで酒井雄哉大阿闍梨の比叡山千日回峰行を見て行を志す。87年、高校卒業の翌年に吉野山金峯山寺で出家得度、99年、31歳のときに大峯千日回峰行を満行。2000年に四無行を満行、06年に八千枚大護摩供を満行。03年には故郷の仙台市秋保に慈眼寺を開山し現住職。大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。「心の信仰」を国内外に伝えている。著書に『人生生涯小僧のこころ』(致知出版社刊)、『縁は苦となる苦は縁となる』(幻冬舎刊)ほか多数。


取材・文=前田まき(ハルメク編集部) 写真=堀内孝

※この記事は雑誌「ハルメク」2017年5月号に掲載した記事を再編集しています。

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