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- 翻訳家・矢川澄子さんの感性豊かな創作世界を旅する
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、作家、詩人、翻訳家の「矢川澄子」さん。『雪のひとひら』の翻訳家で詩人、作家の矢川さんの不思議なほど美しい世界とは?
好きな先輩「矢川澄子(やがわ・すみこ)」さん
1930-2002年 作家、詩人、翻訳家
東京女子大学卒業。校正者を経て、学習院大学卒業。59年澁澤龍彦と結婚。68年に離婚後、創作活動に入る。代表作に詩集『ことばの国のアリス』、評論集『反少女の灰皿』、翻訳にエンデ『サーカス物語』など。
矢川澄子の創作世界をくたくたになるまで旅をした
寒い季節になると読み返したくなるのが『雪のひとひら』(新潮文庫)です。
ひとりの女性の誕生から死までを描いたこの物語を書いたポール・ギャリコを、若き日のわたしは女性だと思いこんでいました。
ところが男性なのですよ。誤解したまま読んだ「ハリスおばさんシリーズ」『ジェニイ』(猫になった主人公がくり広げるファンタジー)『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年映画化)を、あわてて読み返したのも愉快な思い出です。
さて、ポール・ギャリコのだんなにはここで退場していただき、このたびの主役にご登場願いましょう。
矢川澄子。『雪のひとひら』の翻訳者であります。原題は『SNOWFLAKE』。感性をどのように発動させたらこれを「雪のひとひら」と訳せるのでしょう。
矢川澄子への尊敬と興味はここからはじまりました。
「お読みなさいな。本のなかをさんざん彷徨(さま)よって、迷子におなりなさい」
そう囁(ささや)かれているような気がして、わたしは矢川澄子の創作世界をくたくたになるまで旅しました。ときどき友人や後輩にそっと紹介に似たようなことをしてきましたが、不思議なことに、近年、矢川澄子を思いだそうとするひと、研究しようとする若いひとと出会うようになりました。
はにかんだ少女のほほえみと作品を忘れがたく思う気持ち、わたしもわかります。
「さあ、ようこそお帰り」
澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)との結婚と離婚、その後の交流。たくさんの仕事。友人たち。選びとった死のかたち。そのことはそっとしておきたいと思います。
いまこそ、まずは『雪のひとひら』を読むことにしましょう。矢川澄子が惚れこんで日本語にうつしかえたこの作品を読んだことのないというあなたも、前に読んだというあなたも是非。
物語のはじまりはこんなふうです。ある寒い冬の日、主人公は地上から離れたはるかな空の高みで生まれました。ここから女の一生がはじまります。主人公はそうです、一滴の水、雪のひとひら。
この作品の主題は、物語の最後のところに、静かに置かれています。
臨終のときを迎えた主人公の耳に、なつかしくもやさしい声が聞こえてきます。
「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2019年3月号を再編集し、掲載しています。
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