自分の選択をよかったと思えるために

小泉今日子#2 母の尊厳を守り、自宅で看取れた幸せ

公開日:2023.07.04

更新日:2023.07.07

7月27日から上演される舞台「ピエタ」で、プロデューサーを務めると同時に、主人公を演じる小泉今日子さん。舞台にかける熱い思いを伺った第1回に続いて、女性としての生き方、そして昨年、自宅で母を看取った経験について語っていただきました。

生きにくい時代を過ごした母が娘に託した願い

今回の上演舞台「ピエタ」は、18世紀のヴェネツィアで孤児院に捨てられた過去を持つ主人公の他、貴族の娘、高級娼婦など立場や生き方がまるで違う女性たちが登場します。男性優位な社会の中で、彼女たちが互いに理解し合い、手を取り合って生きていく姿に、小泉さんは深く共鳴したと語ります。

「『ピエタ』もそうですし、昔の戯曲を演じたりすると、女性として生きることがいかに大変だったのかをあらためて感じます。それは母の生き方を見ても思いますね」

小泉さんの母親は、戦時中に子ども時代を過ごし、まだ戦後の貧しさが色濃く残っている頃に青春期を迎えました。

「本当はやりたいこともあっただろうけど、家が大変だったみたいで、母は置屋をやっていた大叔母の養女となり、10代の若さで芸者をしていたんです。父と出会って結婚し、長女を産んだのが19歳。きっと、その生き方しか選べなかったんだろうなと思います。

茨木のり子さんの詩に『わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ』という一節がありますが、母もそんな思いで生きていたのかもしれません」

だからこそ、娘たちには自分の思うように生きてほしいと願っていた気がする、と小泉さんは言います。

「私がこういう仕事を始めたことも母は面白がっていましたね。自分が読んでよかった本があると『この役を今日子が演じたらすごくいいと思う』と一生懸命教えてくれたり。私が会社を作って、ちっちゃな劇場でお芝居をしたときも見に来てくれて『面白かった。こういうところもいいね』と言っていました。

年を重ねると、母をはじめたくさんの先輩たちが、ちょっとずつ女性が生きやすいようにしてくれていたんだなと気付かされますね」

母の尊厳を守るために、自宅に連れて帰ることを決意

小泉今日子さんインタビュー

実は昨年冬、小泉さんは姉と協力して母親を在宅で看取ったと話します。

「母はわりと健康で、80代になってから一緒に人間ドックを受けたときも、私より検査結果がよかったくらいでした。ただ背骨に疲労骨折があり、たぶん何かの拍子でガキッと折れてしまい、1回入院したんですね。でも退院後は一緒に出掛けたりもできていました」

ところが、しばらくして今度は脳梗塞を起こし、再び入院することに。コロナ禍で面会もままならない状況が続きました。

「母は若いときに上あごの腫瘍を切除していて、特殊な入れ歯を入れていたんです。それがないとしゃべれないし、ご飯も食べられない。だから姉が『入れ歯をつけてあげてください』と何度も病院に頼んだけれど、聞き入れてもらえなくて……。2週間たってやっと会わせてもらったときには、目がうつろでしゃべれず、嚥下もできなくなっていました」

母の様子を見て「このままでは尊厳が守られないまま数日で死んでしまう」と思ったという小泉さん。ヘルパーの仕事をしている姉と相談して、在宅医療の体制を整え、自宅に連れて帰ることにしました。

1か月の在宅介護を経て、クリスマス夜に逝った母

小泉今日子さんインタビュー

母と一緒に自宅に戻ってから最期を看取るまでの約1か月は、とても穏やかな時間だったと小泉さんは振り返ります。

「家に帰ってきて母はしゃべれるようになったけれど、嚥下はできなくて。本人が胃ろうや延命措置を望まないというので、点滴をしながら見守ることにしたんです。私も姉も仕事をほとんど入れず、交代で母のそばにいて、夜も一緒に過ごしました。

最近の在宅医療は結構難しいことまで家族がしなくちゃいけなくて、点滴やオムツを換えながら“今度こういう役がきたら完璧にできるな”なんて思いましたね。

母は一人暮らしでしたが、近所にきょうだい家族や親戚が住んでいて、毎日のように叔母や姪っ子たちが会いにきてくれました。みんなで母を看ながら、お茶を飲んだり、おしゃべりをしたり。とても和やかな雰囲気でした。実は『ピエタ』の中にも、ある登場人物の最期をみんなで見届けるシーンがあって、姉や叔母たちと『ピエタの世界がここにあるね』って話していました」

そして迎えたクリスマス。母を囲んで穏やかに過ごした後、姉や叔母たちはそれぞれ帰宅。小泉さんが母の家に残り、夕食後にカステラを食べようとした瞬間、“静か過ぎる⁉”と気付いたときには、母は息を引き取っていたそうです。

「ああ、ついに逝っちゃったなと思い、みんなに連絡をしたら『きっとクリスマスの夜を狙ったんだね』と明るく笑ってくれて。母が亡くなったことは悲しいんだけど、看ていた全員が満足している様子でした。こんなふうに最後に母とかけがえのない時間を過ごせて、幸せだったなと思っています」

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次回は、小泉今日子さんが50代後半の今から挑戦してみたいこと、おひとりさまの老後に向けて今実践しようとしていることについて語っていただきます。

取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人 ヘアメイク=石田あゆみ スタイリング=藤谷のりこ 構成=長倉志乃(ハルメク365編集部)

<Information>舞台「ピエタ」

舞台ピエタ

Story
18世紀、爛熟期を迎えた水の都ヴェネツィア。「四季」の作曲家ヴィヴァルディは、孤児を養育するピエタ慈善院で〈合奏・合唱の娘たち〉を指導していた。時は経ち、かつての教え子エミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。そして一枚の楽譜の謎に、ヴィヴァルディに縁のある女性たちが導かれていく――。ピエタで育ちピエタで働くエミーリア、貴族の娘ヴェロニカ、高級娼婦のクラウディア……清廉で高潔な魂を持った女性たちの、身分や立場を超えた交流と絆を描く。運命に弄ばれながらも、ささやかな幸せを探し続ける女性たちの物語。

原作:大島真寿美『ピエタ』(ポプラ社)
脚本・演出:ペヤンヌマキ
音楽監督:向島ゆり子
プロデューサー:小泉今日子
出演:小泉今日子、石田ひかり、峯村リエ/広岡由里子、伊勢志摩、橋本朗子、高野ゆらこ/向島ゆり子、会田桃子、江藤直子

7月27日〜8月6日の東京公演を皮切りに、愛知、富山、岐阜公演もあり。公演およびチケット等の詳細は下記ホームページへ
https://asatte.tokyo/pieta2023/ 

小泉今日子さんの不定期連載スタート!相談募集中です

ハルメク365では、小泉今日子さんの不定期連載「ときどき、こんにちは」を8月よりスタートします。50代からの気になるあんなこと、こんなことを深堀りします。その中の一つが「人生相談コーナー」。連載スタートにあたり、小泉さんへの相談内容を募集します。

下記応募フォームに、50代からの生き方、人間関係や仕事のこと、お金や介護、恋愛、体調や美容の悩みなど、相談したい内容を書いてお送りください。

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小泉今日子さんのプロフィール
1966年、神奈川県生まれ。1982年に芸能界デビュー。2001年の「風花」で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を、「陰陽師」で同賞優秀助演女優賞を受賞。俳優として映画や舞台に多数出演し歌手、執筆家としても活躍。2015年より株式会社明後日を立ち上げ、舞台・映像・音楽・出版など、ジャンルを問わず様々なエンターテイメント作品をプロデュース。

衣装:ロングスリーブニット1万5400円、インナーのタンクトップ2万2000円、パンツ3万6300円/ともに RHODOLIRION(ネペンテス ウーマン トウキョウ 03-5962-7721) ピアス 右耳4万5100円、左耳1万7600円/ともに e.m.(イー・エム アオヤマ 03-6712-6797)

ハルメク365編集部

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