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- 北海道陽殖園|高橋武市さんの庭を訪ねる。
北海道「陽殖園」。雪深く寒さの厳しい北海道で、ひとりの男性が50年以上かけてつくり上げた奇跡の庭として知る人ぞ知る存在です。園主である高橋武市さんに、植物にかける愛情、庭にたいする情熱をたっぷり伺いました。
庭づくりの第一歩「この地で花をつくって生き抜こう」
札幌から車で約4時間の北海道紋別郡滝上町(もんべつぐんたきのうえちょう)。人口3000人の山あいの小さな町に、ひとりの男性が50年以上かけてつくり上げた奇跡のような庭「陽殖園」があります。庭の主は、高橋武市さん、67歳※。およそ7.5ヘクタール、野球場3つ分もの敷地を有する山全体がひとつの庭になっていて、春から秋まで約800種の花が次々に咲き乱れます。※記載の年数や数値は取材当時のものです。2023年現在、高橋武市さんは80代になりました。
小さな町の郊外の小高い山に広がる陽殖園。主の高橋武市さんは、この場所で生まれ、この場所で育ちました。
「おふくろが言うには、俺はおしめも取れないうちから花が好きだったそうだよ。おんぶされたおふくろの背中で、よく桃色の花をねだって、それを握りしめて放さなかったって言うんだ。まったく覚えておらんけど、きっと寒い土地だから、暖かい色、桃色に惹かれたんだね」と武市さん。歩けるようになってからは、タンポポやスミレをつんできては自分の花壇をつくって遊んでいたようです。
家は祖父の代に岩手県から移住してきた開拓農家で、芋や麦、豆をつくって生計を立てていましたが、やせた土地で作物は十分にはとれなかったと言います。5人きょうだいの長男だった武市さんは、苦労する両親の姿を見て育ち、小学4年生のころには、水くみや薪割りなどの家の手伝いはもちろん、肉や毛皮を売るためにウサギを飼うなどして家計を支えていました。
「当時はどの家も食べるのがやっとで現金収入がなかった。俺も家にお金がないのはわかっていたから、小学5年生になると、学校へ行く前に野菜をカゴに入れて背負って街まで売りに行き、それで弟や妹の学費を全部工面したんだ」と武市さん。大きな転機が訪れたのは、中学2年生のときでした。
「あれは6月だったかな。街へ野菜を売りに行くとき親父が庭で育てていたレンゲツツジがあまりにきれいで、みんなに見せようと、3本ばかり枝を切って野菜カゴに挿して出かけたのさ。そしたら、『そのツツジを売ってくれ』と言う人が現れて、カゴいっぱいの野菜よりも高く売れたんだよ。そのとき“これだ!”と直感したわけさ」
これを機に「この地で花をつくって生き抜こう」と決意した武市さんですが、父親から猛反対されたと言います。
「中学3年生のとき修学旅行があって、費用が3000円だったんだ。それで親父は大事な子馬を売ってお金をつくってくれたのだけど、俺は修学旅行には行かないで、そのお金で花の種と苗を買いたいと訴えたのさ。親父はすごく怒って、当然反対したさ。でも最後は根負けしたんだね。結局その3000円が陽殖園の資本になったんだ」
気候風土に合った植物「零下30度でも越冬できる植物だけで庭をつくろう」
中学卒業後、武市さんはがむしゃらに働きました。札幌や旭川まで行って苗を仕入れ、鉢植えや切り花をつくって行商する一方、父親から借り受けた土地で庭づくりに着手。誰も師匠はいないため、農業雑誌や園芸カタログで植物の名や育てかたを猛勉強しました。さらに「お客さんは珍しいものをほしがるから」と、サボテンの温室栽培も始めたのです。こうして睡眠時間2、3時間という日々が、中学卒業から20代になってもずっと続きましたが、武市さんは「心底好きでやっていたから、投げ出そうとは思わなかった」と振り返ります。
生活が一変したのは、27歳の秋。季節はずれの大寒波が襲い、大事な収入源になっていた温室のサボテンが一夜でほぼ全滅してしまったのです。サボテンの無惨な姿を前に「やっぱりこの地の気候風土に合う植物でないとだめだと心底思い知った」という武市さん。このとき、ある思いが芽生えます。
「庭づくりを生涯の仕事と決めた14歳のときに名づけた『陽殖園』は、太陽が育て殖やしてくれる花園、の意味。これからは冬に零下30度になるこの地でも越冬できる植物だけで庭をつくろう」
以来、武市さんは行商を減らし、庭づくりに精力を注ぐようになりました。そして陽殖園を訪れる人がゆっくり花を楽しめる観光庭園にしようと、園内に山をつくることを思い立ったのです。
「この土地は山の上とはいえ、地形的にのっぺりしていて変化がなく、どんなに頭をひねって花を植えても、あまりいい風景にならなかった。やっぱり風景には山あり谷ありが大事だからね。そしたら、自分でつくるしかないでしょ。土を掘り出す場所を決め、そこから一輪車で土を運んで、少しずつ積み上げて、ひとつの山をつくるのに2年はかかったなあ。親父には「山の上に山をつくる馬鹿』と言われたけど、実行しないことには何も形にならんから!」
そうしてできた山に、武市さんは寒さに強いツツジ科の低木、エリカを植えました。その桃色の花が山全体を覆ったようになった昭和50年春、陽殖園は観光庭園として本格的に開園したのです。
農薬を使わない花づくり「自然に任せておけば薬なんていらないんだよ」
武市さんの手でつくり出された風景は、山だけではありません。園内に点在する5つの池も四方八方に延びる道も、すべてひとりで仕上げたものです。陽殖園には柵や花壇、ベンチといった人工物は一切なく、野生の花も、園芸植物も、まるで昔からそこにあったかのように同居しています。「ここにある草花のほとんどは、一つひとつ俺が植えたものだよ」と言うように、すべては武市さんが思い描いた夢の風景に沿って、その手で築いてきたものなのです。
風景のほかにも自慢があります。陽殖園では、もう40年以上、農薬を一切使っていないのです。
「農薬をやめたのは昭和40年。日本国中で農薬が大量に使われていた時代だったけど、薬で小さな虫が死ぬってことは、人間は体が大きいからすぐ死なないだけで、いずれ何か害が出てくるだろうと感じたのさ。俺は70歳になっても80歳になっても一生ここで庭づくりをやろうと思っていたから、どこかで断ち切らなかったら、永久に農薬を使わないといかんでしょ」
農薬をやめれば害虫が大発生する可能性がありましたが、武市さんはあまり心配しなかったと言います。
「まだ小学生のころ、この山全体が枯れ木になるくらいブランコケムシ(マイマイガの幼虫)が大量発生したんだ。ところが、親父はまったく動じず「来年はいなくなるから大丈夫だ」と言ったのさ。半信半疑でいたら、翌年ほんとにピタッといなくなった。その記憶が残っていたんだね。たしかに農薬をやめて数年は害虫がひどかったよ。でも、かえって害虫を食う虫も増えたたおかげで、結果的に5年くらいでほぼ落ち着いて、10年 でピタっとおさまった。自然に任せておけば薬なんていらないんだよ」
また、園内には多種多様な園芸植物が植栽されていますが、武市さんは化学肥料を一切与えていません。
「落ち葉や枯れ草は置いておくとそのまま天然の肥料になるよ。それに植物は適材適所に植えれば、化学肥料なしでちゃんと育つものなのさ。うちでは苗を植えて2、3年の間はまだ小さいから手助けするけど、3年過ぎたらもういじらない。それで育たなければ、それまで、というのが俺の考えかたなんだ」
陽殖園ではこれまで何千種 類という植物が植えられ、消えていったと言います。その体験を何十年も積み重ねたからこそ、今、生き残った種が、人の手を借りることなく力強く花を咲かせているのです。
武市さんは、陽殖園を訪れる人に「思いっきり息を吸ってごらん」とすすめます。農薬も化学肥料も使っていないこの庭の空気は安全でとびきりおいしいのです。「結局、植物がいきいきと暮らせる環境は、われわれ人間も元気にしてくれるのさ」と武市さん。
この花園の風景から感じる強い生命力。それは、植物も人間もともに健やかにいられるようにと願う、武市さんの一途な思いがつくり出しているものなのです。
陽殖園
住所·北海道紋別郡滝上町あけぼの町
電話·0158-29-2391(日中は屋外作業中のため繋がりづらくなっています)
開園期間●4月29日~9月最終日曜日(祝日を除く火、水、木曜定休日)
開園時間●10時00分~17時00分(14時30分までに入園してください)
入園料●1,000円
園内ガイド●毎週日曜日 8時30分~10時00分(8時20分までに集合)
https://town.takinoue.hokkaido.jp/shokai/shisetsu/kankou/yoshokuen.html
※宿泊は「ホテル渓谷」(電話015829-3399)が便利です。
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