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- 60歳の女子大生(前編)
余命宣告をうける
ある日、毎年通っている人間ドッグで異常が見つかった。便の潜血だった。
再検査に病院を訪れた。検査が終わり結果を聞かされる日、順番になり個室に入る。
「大腸に異常がありましたか?」と聞くと、医者は「それどころではありません。C型肝炎からの肝硬変です。もう少したつと腹水がたまり始めますが、苦しくなったら腹水を抜くので大丈夫です」と言う。
ちょうど11月の中ごろで、来年の予定をたてるころだった。
「来年度の教会や趣味の会の役員候補になっていたり、いろいろ決めたいので来年の治療方針を教えてほしい」と言った。
医者は、下を向いて黙ってしまった。そして、「来年度の予定は立てないで、空けておいてください」と言う。
「それはどういうことでしょうか?はっきりおっしゃってください。私はクリスチャンなので命のことを言われてもたぶん大丈夫です」と告げると、医者は……しばらく無言。
「では…お伝えします。あなたの余命は半年です。現状、治療法はありません」
「え、治療方法がないということですか、腹水を抜くだけなのですか? 今はこんなに元気に暮らしているのに、もう来年の紅葉が見られないというのですか?」
「残念ですが、またこの先のことについてお話をするので、来週はご主人と二人でいらしてください」と言われ、1週間後に夫とともに再度同じ内容の話を聞いた。
自分の葬儀準備
……一晩、夫にしがみついて泣いた。
常々「海外旅行をしたい」と言っていた私なので、翌朝夫は「好きな海外に元気なうちに行って来ればいいよ、二人で行きたければ、俺も付き合う。そして家にあるお金は全部使っていいし、足りなければ借りてでも行けばいい。そのあとの俺の人生はそのお金を返しながら働くから気にしなくていい」と、言った。
そして、当時、駅前の生命保険会社で事務のパートタイムで働いていたので、今日中に仕事を辞めてきなさいとも言われた。しかし、私は決めた。
「仕事はやめない、海外旅行にも行かない、今と同じ日々を命が終わるまで続ける」これが普通に生きるということだと思うから。
しかし、準備は着々とおこなった。まず、畳屋さんと襖屋さんを呼んで、すべて新しくしてもらった。
「私のお通夜があるから」と言うと、畳屋さんも襖屋さんも目を真ん丸にして驚いていた。
次に葬儀の準備だ、写真はありのまま過ぎるので、少しだけ手心を加えて自分で似顔絵を描いた。娘にこの絵を黒い額に入れてリボンをかけるように言い置いた。
その次は泣き女の手配。友人に指輪やネックレスを渡して、形見分けだけどその代わりに葬儀の時にはなるべく泣くように頼んだ。受付も司会も、泣き女もそろった。
職場にも事情を話したら、みんなが励ましてくれた。そして、次男や夫が、色々な情報を集めてきた。
C型肝炎の名医のいる病院、アメリカに行けば治せるという情報、すでに治療を済ませて仕事に復帰している人の話と手紙、プリントアウトした紙の厚さはゆうに10cmを超える資料だった。そして、セカンドオピニオンが必要だと。
私は、自分の葬儀の準備と並行しながら、生きる道も探し始めたのだった。
生きるためにできること
前の病院の検査結果も紹介状も何も持たずに、新たな病院の受付にしがみついていた。
「C型肝炎で死ぬといわれています。何とか治療をしてください。検査も初めから全部し直してください」
そこから、検査が始まった。一か月後にはベッドの空きを待って入院の準備をしていた。
入院後、肝生検で(肋骨の間から長い針を刺して、肝臓の一部を吸い取って抜き出す検査)
未だ、肝臓が固くなっていないこと、もしかしたら薬があるかもしれないことなど、治療方針を教わった。ああ、これで生きられるかもしれない。
入院中にも自分の葬儀の準備は怠ってはいなかったものの、(こっぴどく叱られたが……)。
「死んでからでは見られないから、生きているうちに自分が入る死体安置所が見たい」と言って、警備員に呆れられた。「こんな患者は初めてだよ!」
そこから、治療方法が決まり、やっと生きる道筋が見えてきた。完治率2割、なかなかの難関だ。
その当時の治療法は、一日おきに注射を半年間続ける。
注射を打った一時間後から38度を超える発熱と悪寒、頭痛、関節の痛み、筋肉の痛みが始まる。解熱剤で熱を抑えるが痛みはほとんど取れず……、そんな日々が続き少し経つと毛髪が抜け落ちた。免疫力も無くなり、皮膚を掻くだけで血が滲み、鼻からも目じりからも血が滲んだ
夜起きると布団の上にはかさぶたや剥けた皮膚片がぽろぽろ落ちているし、枕には一束ほどの毛が抜けている。
副作用がその位だとわかれば、あとは注射に通うだけでよくなる。足を引きずり、痛み止めを飲みながら、髪の抜けた頭をバンダナで包んでパートの仕事にも通った。
半年間の治療が済んだ。結果はあと半年後、ウイルスが居なくなっていれば完治ということだった。
待ちに待った半年後……残念ながらウイルスは何十倍にもなって肝臓で生きていた。副作用に耐えた治療も水の泡だったのだ。
私は医者に詰め寄って「もう一度治療をしてほしい」と頼んだ。
既に副作用で血小板も何もかも異常数値ぎりぎりでやっとの状態だった。
「副作用ならあとから治します。是非もう一度治療をしてほしい」
少しの間をおいて、医者はもう一度治療をしてくれた。この間に薬が変わり、1週間に一本の注射でよくなって、抗ウイルス剤を服用する治療になった。この治療も副作用は同じようにあり、痛みと熱との闘いの半年間だった。
全身の毛も抜け落ちた。またバンダナを巻く日々が始まった。職場の友人がおしゃれな柄のバンダナやスカーフを何枚もプレゼントしてくれた。
半年間の治療が終わっても、またさらに半年先でないと結果は判明しない。
そこで私は、もしこの治療で完治していなければもう治療はできないだろうと思った。
そう思うくらい体はボロボロだったのだ。
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