小川糸さん

2021年07月06日

ホスピスが舞台の「ライオンのおやつ」で描く死生観

「死ぬのは怖くないよ」作家・小川糸が伝えたかった事

作家・小川糸さんに、ホスピスが舞台の小説『ライオンのおやつ』で描かれる死生観についてお話をうかがいました。

人は誰でも死ぬ。恐怖を取り去る物語を書きたかった

作家・小川糸さん

作家・小川糸さんの新刊『ライオンのおやつ』(ポプラ社刊)は、余命いくばくもない30代の主人公・雫が、瀬戸内海の光輝く島のホスピス「ライオンの家」で暮らす日々を描いた小説。「死」を迎えるまでを描いているにもかかわらず、とてものどかでやさしく、生きる喜びと愛おしさにあふれている物語です。読者をホっとさせる世界観は、小川糸さんならではです。

そこで作者の小川さんに『ライオンのおやつ』のこと、現在、ドイツと日本を行ったり来たりする日々とライフスタイルについて、お話を伺いました。


―『ライオンのおやつ』は主人公の「死」を描いているにもかかわらず、陽だまりのように暖かいお話でした。執筆したきっかけは、執筆前にがんで亡くなられたお母さまがきっかけだったのですね。

小川糸さん(以下、小川)
母にがんが見つかり、余命宣告を受けたとき、母は「死ぬのが怖い」と怯えていました。そんな母に、私は「誰でも死ぬんだよ」と話しました。そのとき、世の中には母のように死を恐怖と感じている人は多いのではないかと思いました。

確かに死は、暗幕で遮られているような閉ざされた世界ですが、でも人の数だけ死はあり、実は日々の暮らしの隣にあるような、とても身近なものなのではないかと感じていて…。私自身は、死んだ後にどんな世界を見られるのか楽しみにしているんです。

それで、私が考える死の世界を物語の中で体験していただいて、死ぬのが怖くなくなるような物語を書いてみようと思いました。

―主人公は余命いくばくもないけれど、「ライオンの家」で素敵な人々と出会い、幸せな暮らしを営みながら、自分の人生を振り返りますよね。とても理想的な日々だと思いました。

小川
人生の終わりにはゆるやかな移行期間があり、それは余命を知る人でないと体験できない不思議な時間ではないかと思ったので、そんな時間を書きたかったんです。

この小説を書くために、ターミナルケアのお医者さんの取材をし、現実を踏まえた上で「こういう人がいたら雫は心強いだろうな」というキャラクターを作り上げたり、居心地がいいと思われる場所や暮らしを描きました。

初めて、最初から最後までベルリンで執筆した小説

小川さん

―「ライオンのおやつ」に登場するおいしそうな食事やおやつ、生活習慣の描写は、小川さん自身の丁寧な暮らしが見えるようでした。いまベルリンにお住まいで、ドイツと日本を行ったり来たりの生活だそうですね。

小川

はい、そうです。「ライオンのおやつ」は、初めて最初から最後までベルリンで書いた小説です。小説を執筆するのに、生活環境の変化はあまり関係がないことが、今回わかりました。でも、小説の中身がドイツの影響をまったく受けていないとは言い切れないです。自分でも気づかないところで、土地の空気に影響をされることはあると思います。

―生活の拠点をドイツに置かれたのはいつからですか?

小川

ドイツが好きで、ちょこちょこ行っていたのですが、本格化したのは2017年からです。本当は1年の半分をドイツ、半分を日本にしたかったのですが、ドイツで犬を飼っているのであまり長く家を空けられず、1年の内、1か月単位で日本に帰国しています。

両方とも良し悪しがあるけれど……東京よりもドイツの方が暮らしやすい

小川さん

―ドイツの魅力を教えてください。ベルリンは暮らしやすい街ですか?

小川

ドイツ人は日本人にとても似ていて、真面目だし、何事もきっちりするタイプの人が多いです。ただ私の住むベルリンは特殊な街で、本来のドイツらしさはなく「ベルリンはドイツじゃない」と言う人もいるくらい。都市の機能はありつつも、緑が多く、村のような雰囲気があり、ベルリンの壁で分断されていた時代があったため、人々は自由を尊重しています。またヨーロッパ中からアーティストが集まり、人生を楽しく、お金をかけずに幸せに暮らすことがテーマになっているような街です。

私としては、日本とドイツ、どちらにもいいところがあり、選ぶことはできないのですが、東京は人が多く、私には規模が大きすぎる街だと感じます。どこかで生活を営まなくてはいけないことを考えると、今の私が暮らしやすいのはドイツですね。

ベルリンにいても自分の生活リズムは変わらない

ライオンのおやつ(小川糸著・ポプラ社刊)

―1日のスケジュールなど、日本にいる頃と変わりませんか?

小川

ドイツで暮らしていても、日本にいる感覚と変わりないですね。日本の地方都市で暮らしているような気持ちというか、ときどき「あれ? 今、私、ドイツにいるんだっけ?」と思ってしまうほどです(笑)。おそらく、日本にいるときと同じような、自分にとって心地よい生活リズムになっていったのでしょう。日本では銭湯によく行っていましたが、ベルリンではサウナに行ったり、なんとなく似たものを探して選んで生活しているのだと思います。

■書籍紹介

ライオンのおやつ(小川糸著・ポプラ社刊)
男手ひとつで育ててくれた父の元を離れて一人で暮らしていた30代の雫は、病と闘っていたが、ついに医師から余命を告げられる。最後の日々を自分らしく生きたいと気候のいい島のホスピス「ライオンの家」で暮らすことに。ホスピスの人々との交流を通して、雫が自分のやりたいことをやり、人生を振り返り、悔いを残さないように生きる姿を描いた物語。

https://www.poplar.co.jp/pr/oyatsu/

※本インタビュー内容は2019年11月実施時点の物です


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HALMEK up編集部
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