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- 表現の不自由展から税金の使い方を考えてみませんか
2019年8月、国際芸術祭あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕3日で中止に至った混乱から約2か月。抗議や脅迫による作品の展示中止は、社会にどんなメッセージを投げかけたのか。アートと政治の関係性から振り返ります。
SNSを通じて広がった「日本国民の心を踏みにじる」という声
あいちトリエンナーレは、2010年から愛知県で3年に1度開催されている国際芸術祭で、今年は「社会情勢を踏まえ、明確なコンセプトを打ち出すことができる」と、ジャーナリストの津田大介さんが芸術監督に任命されました。テーマは「情の時代」。海外作家も含めて90組以上の作家が参加し、8月1日に開幕しました。
(「表現の不自由展・その後」実行委員会HP)より
実行委員会によると、「表現の不自由展・その後」は、表現や言論を自由に発信できなくなっている日本の現状を憂い、企画されました。展示作品は、かつて組織的検閲や忖度などで公立美術館などでの展示が叶わず、2015年に東京の民間ギャラリーで開催された「表現の不自由展」で展示された作品を中心に、公立美術館での展示を目指しました。
このように、政治的な問題が関与した芸術作品は、「ポリティカル・アート」(政治的芸術)と呼ばれています。政治が関与した芸術傾向、社会の現状を批判的に表現した作品、あるいは社会改善が制作動機にある芸術などに対して広範囲に用いられるアートのこと(現代美術用語辞典)で、体制維持の手段として機能する芸術に対抗する作品のことを指しています。J・ボイスやオノ・ヨーコの作品、2011年の東日本大震災の津波によって失われた東北の松の木を世界に取り戻そうというI・ギュンターのプロジェクト《Thanks a million》などがあります。
(美術・アート情報Webマガジン「アートスケープ」)
しかし公権力を批判したり、変革をおこそうとするポリティカル・アートは、しばしば公権力や、保守層からの批判を受けます。今回の混乱で目立っていたのは、「日本国民の心を踏みにじる行為で、行政の立場を超えた展示だ」(河村たかし名古屋市長)、「公金を投入しながら、我々の先祖が人としての失格者として取り扱われる展示をすることは、違うんじゃないか」(松井一郎大阪市長)などの言葉に代表されるような声でした。
批判は、SNS上を通じて抗議の声が広がり「日本を卑しめている」「公金を政治性のある作品展示に使うのはどうか」といった抗議や歴史認識を問う抗議の電話が、芸術祭事務局などに相次ぎました。「ガソリン携帯缶を持ってお邪魔する」などとテロを予告するようなファクスも届き、人命が脅される事態に発展しました。
9月17日に開催された「表現の不自由展・その後」の中止を検証する愛知県の検証委員会では、8月中に寄せられた抗議は1万379件あったことが報告されました。河村たかし名古屋市長の発言については、「直接的影響はない」としたものの、「発言で、電凸(電話で突然激しい抗議を繰り返す行為のこと)等が激化した可能性がある」と指摘されました。(2019年9月17日朝日新聞デジタル「名古屋市長発言で抗議激化の可能性」不自由展検証委員会)
公金はアートにどのように使われてきたか
「日本国民の心を踏みにじるアートに、公金を使うべきではない」という声を、どう解釈すればいいでしょうか。
各種報道によれば、あいちトリエンナーレ全体の開催費用は計約12億6500万円。国の補助金、愛知県と名古屋市の負担金のほか、チケット収入や企業協賛金などで賄われています。うち「表現の不自由展・その後」は約420万円の経費が計上されていました。
「公」が管理する税金への、人々の権利意識の高まりを感じます。しかし一方で、そもそもアートと公権力や公金は対立し合うものという位置づけにあります。美術史家の前田富士男さんは、J.ハーバーマスの著名な著書『公共性の構造転換』における「公共性」の議論をあげつつ、「アートの公共性は18世紀までとは異なり、公権力の側ではなく、公権力に対抗する側で機能する」と指摘しています。
(「近代美術における公共性と私性-バウハウスとダダを手がかりに-」『文化施設の近未来 アートにおける公共性をめぐって』慶應義塾大学アート・センター刊)より
「お金もうけ」を目的とする資本主義的発想とは違う観点から出発したアートは、生計すら維持できない作家が続出していきます。こうした経緯もあって、1960~80年代には米国で芸術家を税金で支援するパブリックアート運動が始まり、税金で作られた彫刻などが、公共空間に増えました。しかし時代とともに反対意見も出るようになり、1981年には、米ニューヨーク市マンハッタンの広場に設置された彫刻家、リチャード・セラの作品「傾いた弧」が、「倒れてきそう」と一般市民から危険視され、撤去され、裁判に発展するという出来事が起きています。
このように、そもそも、アートと「公権力」「公金」のバランスは難しいのです。しかし、政治学者で、名古屋市立大学副学長の伊藤恭彦さんは、公金について、「人々の『支え合い』を制度化した仕組みが政府で、その活動を可能にするためのお金こそが、税です。税とは対価ではなく、同じ社会を生きている人が人間としての尊厳を維持した生活を送る権利を守るのに、欠かせないお金と考えるべきです」と、指摘しています。(2019年7月24日 朝日新聞耕論「税金、もっと納得したい」伊藤恭彦さん」より)
現在のように「誰が得をして、誰が損をするのか」というような対価としての公金の議論に焦点が当たりがちな現在、伊藤さんのいう「税を対価ではなく、支え合いのお金と見るべき」という指摘は、非常に重要な視点です。
公共美術館で異なる意見の人々の対話をつなぐために
今回の「表現の不自由展・その後」の混乱をめぐっては、公共美術館が、どんなビジョンに向かって税を使うのかという本質的な議論こそが、求められているのだと思います。その際に注目すべきは、多様な人々の対話を生み出すアートが本来的に持つ可能性の力でしょう。ふだん私たちは、インターネットやテレビ、新聞などのニュースを通じて、慰安婦問題などを「日本VS韓国」の構図で見ています。しかし、そのままでは前向きな解決はありません。しかし、公共美術館でのポリティカル・アートの展示は、多様な価値観を人々に提供し、鑑賞者の対話を促進させる可能性もあります。
問題視された慰安婦の少女像の作品解説によれば、少女の傷だらけでかかとが浮いた足は、性暴力を受けたことから戦後も故郷に戻れず、戻っても安心して暮らせなかった道のりを表しています。ジェンダーの視点や女性の人生への意味を投げかけたこの作品には、日本への批判だけでなく、韓国社会への省察も加えられています。日本と韓国との“歩み寄り”も含めて、作品は見る側に何かを感じてもらおうとしていました。
公共美術館をどのようにして、異なる考え方の人同士の対話空間にしていけばいいのでしょうか。参考になりそうなのが、海外の芸術祭です。国家と人権が対峙するような社会問題や、人種差別をテーマにしたポリティカル・アートが、公共美術館で普通に展示されています。
ドイツ・カッセル市の公営美術館で5年に1度開催されるドクメンタ国際芸術祭は、政治的なメッセージを含む作品が多く展示される芸術祭として有名です。直近の17年のドクメンタでは、第二次大戦中のナチによる迫害の歴史を刻むパリのユダヤ人入居者アパートに関する展示の前で、ドイツの負の歴史を多様な人々が語らう姿が印象的です。動画をぜひご覧になってみてください。
(2017年ドクメンタ国際芸術祭:「ホロコーストの証人としてのユダヤ人入居者のアパート」より)
今回の騒動を前向きに考えれば、次なる対話のステップに繋がる機会だったとも捉えることができます。税金を使う公共美術館だからこそ、マイノリティを含む、多様な価値観の人が、抗議という形とは違う建設的な議論ができる。そんな空間を創りだしていくにはどうすればいいのか。日本の公共美術館をめぐる議論が、成熟していくことを願います。
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