素朴な疑問日本にはお城っていくつあるの?

公開日:2019/05/07

日本にはお城っていくつあるの?

 

アルバムの整理をしていたら、修学旅行で撮った写真を発見しました。お城の前でたたずむセーラー服の美少女……の隣でピースサインをしているワタシ。(あれからうん十年)そういえば、歴史の先生が「天守12城」ってしきりに言っていたけれど、お城の数のことだったかしら? 

 

調べてみると、天守が江戸時代までに建てられて現存するお城は12か所しか残っていないという意味でした。天守とは、お城上部の建造物のことで、天守閣とも呼ばれています。お城の象徴とされる部分なので、豪華で目立つよう作られています。戦になると、天守は軍事拠点や最後の「とりで」になったんですって。

 

天守12城は、国宝に指定されている5城と、重要文化財に指定されている7城に分けることができます。国宝5城の1つである姫路城は、1993年ユネスコ世界遺産にも登録されています。

 

国宝5城

 

犬山城(愛知県)松本城(長野県)彦根城(滋賀県)姫路城(兵庫県)松江城(島根県)

 

重要文化財7城

 

丸岡城(福岡県)宇和島城(愛媛県)伊予松山城(愛媛県)高知城(高知県)弘前城(青森県)備中松山城(岡山県)丸亀城(香川県)

 

日本のお城は、山城、平城、平山城に分類することもできます。「山城」は、その名の通り、山の上に作られたお城です。戦国時代初期から中期までに多く、お城の下部を土で築いていたのが特徴。天守部分以外は簡易な木造だったため、現存しているのは重要文化財7城の備中松山城のみとされています。

 

戦国時代後半になると、平らな土地に「平城」が建てられました。お城の下部を土ではなく、石垣で築いたのが特徴です。戦だけの世の中が少し落ち着き、政治と経済の拠点としても機能させるため、平城が作られたと考えられています。とはいえ戦に備えた石垣や堀の防御は、怠りなかったようです。国宝5城の松本城が平城として知られています。

 

政治と経済の拠点となり、なおかつ自然の地形を防御に生かせるとして、小高い丘などに建てられたのが「平山城」です。平城と平山城の明確な区別の基準はありませんが、一般的には前述した備中松山城と松本城以外はすべて平山城といわれています。

 

結局、天守12城以外のお城も含めると、日本のお城っていくつあるのでしょう? これが、非常に曖昧で……石垣や外堀だけが残っている状態を、お城や城跡としてカウントするかどうかは、明確な基準がないんですって。あくまで天守がある建造物だけを「城」としてカウントすると天守12城の他に、

 

・当時の設計通りに建て直した復元天守(名古屋城、熊本城14城)
・当時とは異なる天守を再建した復興天守(大阪城、小田原城など13城)
・場所が変わったり天守を造り足した模擬天守(清洲城など52城)

 

があり、全て合わせると91城となります。公益財団法人日本城郭協会では、「日本100名城」と「続日本100名城」を発表していますが、天守が存在しない城も多くカウントされているというわけですね。

 

かつて日本に存在した城は2万5000ともいわれていますから、数がかなり少なくなっているのは間違いありません。歴史を伝える建造物として、お城は貴重な存在ですね。

 

 

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参照:公益財団法人日本城郭協会

   高梁市

   攻城団

   日本のお城.com

 

着物でお城を見に行くのもいいわね

 

イラスト:飛田冬子

 


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