なんとなく……で始めたことが仕事に生かされるまで

私と茶道(2)私の人生を変えたひと言

上野 洋子
2018/09/13 7

30代なかばから始めた「表千家」の茶道。その魅力や、茶道教室で出会ったかけがえのない仲間とのエピソードについて語ります。今回は、尊敬する茶道仲間のAさんと、Aさんからもらった人生を変えた一言についてお話します。

私と茶道
        ※イメージ
【目次】
  1. 踏み出す勇気と知恵を与えてくれたAさん
  2. 病名のわからない病気になって
  3. 親ばかな娘への想い

踏み出す勇気と知恵を与えてくれたAさん

今回は、同じ茶道教室に通う仲間のことに触れたいと思います。茶道教室のメンバー18名のうち、最高齢88歳のAさんです。

Aさんは、今でもスイミングに通っているとのことで、背筋ものび姿勢もよく、茶道でも両手に茶碗、棗(なつめ。茶器のひとつ)を持っても一足で立ち上がります。教養もあり、一言のアドバイスが私たちを導いてくれています。私も人生の節目に大きな影響と勇気をもらいました。

私が45歳の時、夫が転職しました。息子が大学生、娘が高校生でした。まだお金がかかります。私はパートでしたが、フルタイムで働くことを考えました。Aさんにそのことを話すと、Aさんも「40歳の時に東京まで正社員としてお勤めに出ました。婦人服の会社で事務職でした。今まで専業主婦だった自分が社会を知り、若い方とも話せて新鮮でとても楽しかったのよ」と話してくださいました。そして「女性にも経済力は必要よ」この一言で私の決心は固まりました。「前向きに生きる力をもって、そうすると人生は開けるのよ」と励まされ、私も年金をもらうようになってその意味がよくわかるようになりました。

病名のわからない病気になって

Aさんは70代の頃、関節に力がはいらなくなり名医に診てもらっても悪いところもなく、病名もわかりませんでした。Aさんは、「スイミングを続けているうちに治ったのよ」とおっしゃりびっくりです。2018年の9月で89歳になる今でも、週に4回通われ、弾丸のように泳がれます。

親ばかな娘への想い

Aさんが正社員として働いていた時期、家事は次女の方が手伝ってくれたそうです。私もフルタイムで働いていた頃に、いろいろ協力してくれた娘のことを思い出し、書きたくなりましたので、綴らせてください。

家事は娘が協力してくれました。当然大学進学と思っていたのですが、「私はお兄ちゃんほど根性ないから、就職する」と言ったのです。その時の私の胸の痛みは、今でも思い出せるほどです。

娘は「肉としらたきがあるな、なら肉じゃがかな」と作ってくれていました。地元の企業に就職し、その会社は夏祭りに家族を呼んでくれるのですが、そこで娘がみなさんに愛され笑顔で働いていると知り、ほっとしました。今は一児の母として奮闘しています。娘は付き合えば付き合うほど魅力のある子と言いたいです。親ばかをお許しください。

尊敬するAさんとの2ショット
尊敬するAさんとの2ショット。



私が頑張る時に背中を押して、知恵をくださったAさんをご紹介しました。さて、次回ですが、さらに茶道仲間のエピソードを中心に紹介する予定です。茶道で培った思いやりの心で成長し、今もみなさんが素敵に活躍していることを書きたいと思います。

 

上野 洋子

上野 洋子

埼玉県/66歳

ママさんバレ-をしていた私が、30代半ばに「静」のイメ-ジにひかれ、近くの公共の施設の教室で気楽に茶道を始めました。お菓子を食べお茶を飲む、これなら宿題はないかな、こんな動機でした。しかし始めてみると奥深く厳しいものでした。茶道を通して学んだこと、良い先生・仲間のことなどを中心にご紹介していきます。

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