【ラジオエッセイ】だから、好きな先輩51 壺井栄
2024.12.172024年01月27日
随筆家・山本ふみこの「だから、好きな先輩」48
作家・壺井 栄さん「大人が子どもの未来を思う心」
「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、作家の「壺井 栄」さん。壺井さんが伝えるコトバは、「世の大人はもっと子ども(未来)のことを考えなければならない」と感じさせます。
好きな先輩「壺井 栄(つぼい・さかえ)」さん
1900-1967年 作家
香川県小豆島生まれ。高等小学校卒業後、島の郵便局などで働く。25年に上京し、同郷の詩人・壺井繁治と結婚。林芙美子、佐多稲子、宮本百合子らと親交を持ち、執筆を始める。52年発表の『二十四の瞳』は高峰秀子主演で映画化された。
壺井栄の短編童話で出合った「文学的情緒と対面」
「イイコト コトコト コンペイトウ ナカワッタラウドンノコ」
何かを思いついて、誰かに告げたくなるとき、目の前に「イイコト コトコト……」があらわれて行進します。
壺井 栄の短編童話「夏みかん」に出てくるコトバです。小学生の時分、国語の教科書のなかで出合いました。
朝子と一夫の姉弟の家に、赤ちゃんが生まれることがわかりました。ごはんが食べられなくなり、やせてしまったおかあさんを心配して、ふたりはお見舞いをあげようと考えています。学校からの帰り道、おこづかいふたり分35円で買えるものは何だろうと話し合うのでした。
急にいい考えが浮かんだような顔で朝子が云います。
「いいこといったげる」
このあとに登場するのが「イイコト コトコト……」。
姉弟が始終かつぎ合って使っているらしいこのコトバと、夏みかんを思いついて買いにゆく場面を、いまでもはっきり憶えています。文学的情緒と対面した瞬間でした。
大人は誰もが母がわり、父がわりの情愛をもっている
1938年(昭和13年)に38歳で小説「大根の葉」を、翌年童話「まつりご」を発表。これが壺井栄の作家としてのスタートでした。
生涯を通じて小説と童話(児童文学)の両方を描きつづけた壺井 栄は、どちらも同じ種子から発芽した創作だと考えていました。
この姿勢を、わたしは自分のなかに据えて読書をするようになり、やがてものを書くようになったのです。
分類を超えた創作世界を見せてもらったことは、幸運でした。
その童話群も、「母のない子と子のない母と」(1951年)、「二十四の瞳」(1952年)などの長編小説も、いまこそ読み返したい作品です。
読んでいると、ああ、この世の大人は、子どもたちのことをもっと考えなくてはいけないなあ、という気持ちになります。自分の子どもというだけではない、それは未来のはなしです。
『壺井栄童話集』に収められている「妙貞さんの萩の花」を読みました。この物語には、母がわりで子を育てるおばあさんが登場します。
大人は誰もが母がわり、父がわりの情愛をもって未来を考えてゆけたらいいのになあ、と思い、胸が熱くなりました。
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2020年6月号を再編集し、掲載しています。