娘を奪われた喪失体験を「人を支える力」に変えた

池田小事件から16年、本郷由美子さんの生き方

公開日:2018.07.28

更新日:2018.07.31

2001年、児童8人の尊い命が奪われ、15人が重軽傷を負った大阪教育大附属池田小事件。この事件で、長女を亡くした本郷由美子さんは、自らの深い喪失感と向き合いながら、「人を支える」活動を続けています。

池田小事件で娘を失った本郷由美子さん
撮影=篠塚ようこ

2001年、大阪教育大学附属池田小学校事件から

名前通りに優しく、希望でいっぱいだった優希ちゃん。
4歳下の妹をかわいがり、幼稚園時代は「お花やさん」、小学生になってからは「せんせい」が夢でした。

2001年、大阪教育大学附属池田小学校に刃物を持った男が押し入り、1~2年生8人が殺害された事件で、長女の優希ちゃん(当時7歳)を失った本郷由美子さん。生きていれば、優希ちゃんが社会人になっていたはずの昨春、東京都内の学童クラブで指導員として働き始めました。

放課後、廃校した校舎にある学童クラブに、1~4年生の子どもたち数十人が「せんせい、ただいまー」と次々やって来ます。本郷さんは「無事に帰ってきてくれて、ありがとう」という気持ちを込めて、「おかえりなさい」と一人一人を迎えます。宿題を見たり、一緒に遊んだり、時には悩みを聞いたり。子どもたちの笑顔を見られることが何よりうれしいといいます。

本郷 あの事件から、娘の同級生とはずっと交流を続けてきました。2016年の春、その子たちが就職の報告をしに来てくれたとき、「優希ちゃんは学校の先生になりたいって言ってたね」と話したんです。ちょうど私は50歳で、この先どう生きるかを考える節目でもありました。それで、学校の先生にはなれないけれど、これからを生きる子どもたちと関わる仕事がしたいなと思ったんです。ネットで学童クラブの指導員を募集しているのを見つけて、すぐに応募しました。

学童クラブの仕事は週3日。子どもたちはとにかく全力で、命がそのまんまぶつかってくる感じですね。体力を使うハードな仕事で、体はヘトヘトになるけれど、それが心地よい疲れなんです。小学1、2年生が多いので、娘もこんなふうに遊んでいたなって思い出したりもします。

あの日、学校から帰ったら一緒にクッキーを作ろうねと約束して、「行ってきまーす」と元気よく出ていった娘に、私は「おかえりなさい」を言えませんでした。「ただいま」「おかえり」という当たり前の会話を交わせることがどれだけ幸せか。そう感じているので、「ただいまー」と学童クラブにやって来る子どもたちに「おかえりなさい」と言える自分がうれしい。子どもたちが「自分たちは守られるべき命なんだ」「大切にしてもらえてるんだ」と感じられるように見守ること、それが今の生きがいになっています。

自分自身の存在まで消え去るような喪失感に襲われて

2001年6月8日。小学校の教室で命を奪われた優希ちゃんは、妹思いで心の優しい、芯の強い女の子でした。大切に大切に育ててきた娘の突然の死。本郷さんは自分自身の存在まで消え去るような喪失感に襲われました。

本郷 生きる基盤を喪失して、事件後は見ているものの色も感じなくなったし、人の声もはっきり聞こえない。匂いも味もしない。ものを触っても、熱い冷たい、硬い軟らかいという感覚すらなくなって、自分はもう精神的に死んでいるんだと思いました。今思えば、これ以上刺激を与えたら壊れてしまうから、何も感じないようにしようという体の自己防衛本能だったのでしょうね。このまま消えてなくなりたいと願ったけれど、死ぬことも何もできませんでした。

生きる力を喪失した本郷さんが、それでも生きていこうという気持ちになったのは、ある事実を知ったときでした。

本郷 娘は心臓を刺され、即死だったと警察から聞かされていました。でも事件からしばらくして、教室で刺された娘が、致命傷を負いながらも廊下まで逃げ出て、校舎の出口に向かって懸命に歩いていたことがわかったんです。私は娘が力尽きた現場に行き、廊下に点々と続く血の痕をたどりました。私の足で68歩分。娘はどんな気持ちだったのか、私は少しでも感じたくて、毎日毎日その廊下を歩きました。最初は「お母さん、助けて」と言っている娘の苦しそうな顔しか浮かんできませんでした。

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