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- 医師・内藤いづみ|父との突然の別れから学んだこと
高校1年生でお父さんと突然の別れを経験した、終末期医療に取り組む在宅ホスピス医・内藤いづみさん。「命の同士」として、患者さんと向き合う日々を過ごす日々。大切な人の死を受容する難しさについて語ります。
内藤いづみ(ないとう・いづみ)さんのプロフィール
内藤いづみ(ないとう・いづみ)さん
1956(昭和31)年、山梨県生まれ。福島県立医大卒業。東京女子医大勤務などを経て、86年、英国のプリンス・オブ・ウェールズ・ホスピスで研修を受ける。95年、甲府市で「ふじ内科クリニック」を開設。主な著書に『あなたを家で看取りたい』(ビジネス社刊)など。
高校1年生のとき、父と突然の別れ
私は日本一の山・富士山をのぞむ甲府盆地で、1995年から「ふじ内科クリニック」を開いています。待合室8畳、診察室10畳ほどの本当に小さな所です。午前はこのクリニックで風邪、糖尿病、がんの告知を受けた方などさまざまな症状の外来患者さんを診察。午後は、外来に来られないほど体力の落ちた、末期がんの方や老衰の方の往診に向かう。それが私の日常です。
私は、高校1年のときに父を亡くしました。父との別れは、本当にあっけないものでした。私の家族は仲がよくておしゃべりで。その夜も、いつものように楽しく食事をしていると、父は突然「ぷっ」と口から食べ物を吐き出し、どすん、と椅子から転げ落ちたのです。「お父さん!」と呼んでも返事はなく、意識が戻らぬままに翌朝息を引き取りました。脳卒中でした。
それからしばらくのあいだの記憶が私にはありません。当時の葬儀の写真を見ると、私は父の遺影を抱いて、たしかに参列しているのですが、まったく覚えていない。突然すぎてショックで、心にぽっかりと穴があいてしまったのですね。泣けるようになったのは、父の死から半年後。それから数か月間、毎晩家族に気づかれぬよう、自分の部屋で声を殺して泣きました。
「死」は「どう生きたいか」の結果そのもの
突然の別れは、東日本大震災でも多くの人が経験しました。亡くなっていく人は、何も言えずに別れていくことが無念でならないはずです。父も、母や私たちに「仲よくやっていってくれ」と、きっと言いたかったのではないか、そう思うと切なくてたまりません。
こんなふうに言ったらお叱りを受けるかもしれませんが、私はがんは「幸運な病気」ではないかと思っています。たとえかなり進行したがんだとしても、突然死とは違い、残された時間がまったくないわけではないからです。
私は、父との突然の別れを経験しているからこそ、この残された時間を、価値のあるものにしてもらいたいと心から思っています。自分の命の情報を得て、どんな最期を迎えたいのかを自分で選択し、その結果を受け入れることは人間の尊厳です。自分の余命がわかったとき、誰もが命について真剣に向き合い、考えます。もし残された時間がわかったら、何をするでしょうか。
「死」は「どう生きたいか」の結果そのものだと思います。
でも、どうしても末期がんの患者さんは、がんの痛みでいつもどおりの日常を送ることが困難になってきます。その最期の時間を少しでも穏やかな気持ちで過ごせるよう、モルヒネなどの薬で苦痛を緩和したり、そばに寄り添い精神的な支えになったりすることが私の役割です。
言葉を遺すことは、命をバトンタッチするということ
私の患者さんの多くは、「ありがとう」「さよなら」「幸せだよ」と何らかのメッセージを口にして亡くなっていきます。言葉を遺すことは、思いを遺し、命をバトンタッチするということ。これがうまくできれば、遺された人は救われます。これから先も続く人生を歩んでいく力を得ます。
そして自分を許し、憎んできた人を許し、今までかかわってきた人すべてに感謝の気持ちをもてるようになれたら、なお理想的です。
「会えないみんなにもありがとう。世界中の人にありがとうって言いたい気持ちよ」。そんな言葉を遺して旅立ったのは、60代の女性。「最期まで美しくいたい」と、旅立ちの日のドレスまで用意された70代の女性も。こういう「折り合いをつける時間」のお手伝いがしたいと、私は願ってきました。
しかし、誰もが死を静かに受け入れられるわけではありません。70代の男性は、余命2か月を宣告されて、死ぬことが怖くてとにかくおびえていました。「私がついていますから、痛みも恐ろしいことも何もない。安心して。大丈夫」と、言葉をかけ続けました。そして、薬で痛みを抑え、いつもどおりの日常を送れるようにケアする。それを繰り返すことで、患者さんに「一人ではない。どんなときもそばにいてくれる医師がいる」という安心感が生まれていくようです。
彼も次第に、息子家族と暮らす中で穏やかに折り合いをつけていきました。ある日、往診に行くと、とても柔らかな表情になっていて、「先生、もう大丈夫。俺、行くところがわかったから」と天井を指差して言うのです。そして、「怖くないよ。かみさんが待っているからね」と。それは亡くなる前日のことでした。
泣いてもいいけど泣きすぎてはいけない
在宅ホスピス医は、患者さんのご自宅にお邪魔するという仕事。ご家族も当然大きな役割を担います。そうなると、ご家族とも親戚のようなお付き合いになることがよくあります。
「命の同士」ともいえるでしょうか。患者さんが亡くなると「先生のおかげで、いい最期でした。ありがとうございました」と言われます。でも私の中では、これで終了ではない。「おせっかいおばさん」と思われるでしょうが、ご家族が、どう立ち直っていくかを見守ることも役割だと感じています。
亡くなっていく人は、体調の変化とともに自分の状況を受け入れていくことができます。でも家族が大切な人の死を受容するのは本当に難しいことです。「心にぽっかり穴があく」という言葉は本当だと、私も父の死で実感しています。
私が毎年開催している「内藤いづみのホスピス学校」という講演会に、絵本作家の内田麟太郎さんをお招きしたことがあります。命のメッセージを伝える作品を多く書かれている内田さんですが、ご自分のお孫さんへの思いを込めて書かれた『なきすぎてはいけない』(岩崎書店)という作品の中で、遺された者へこんなメッセージを贈っていらっしゃいます。
なくなったものは だれも いきているものの
しあわせをいのっている ただそれだけを
だから ないてもいいけど なきすぎてはいけない
わたしが いなくなっても わたしが すきだったのは
わらっている おまえだったのだから
旅立った人は遺された人の笑顔がきっといちばん好きだったはず
50代の男性患者さんのことを思い出します。彼は、「内藤先生んとこ行くから」と、診察前には必ずお風呂に入って髭をそり、おしゃれをして外来に来てくれるような、男前のかっこいい方でした。
自分の余命を静かに受け止め、気丈な方でしたが、ただ一つ、自分が亡くなった後に遺される奥様のことをとても案じていらっしゃいました。ある日、この方が「先生、俺がいなくなって、あいつ大丈夫かな」って言うんです。お二人にはお子さんはいません。私が「うん、大丈夫。女はたくましいんだよ!」と言うと、「えぇー、本当ですかぁ?」って笑われて。
「俺、がんな気がしない」と言うほどお元気で、愛する奥様とぎりぎりまで普通の日常生活を送っていらっしゃいました。
ご主人の死後、やはり奥様は喪失感に駆られて、つらいつらい日々を送っておられました。私はご遺族に講演会のお知らせなどをお送りしています。それは「私は今も、命に寄り添う仕事を続け、あなたの大切だった人とあなたのことを忘れていません。そして、心はあなたのそばにいます。またいつか、お会いしましょう」という私なりのメッセージでもあるんです。
この奥様にも“手紙”を出し続けていたところ、3年ほど経ったある日、返信がきました。オーロラを見に行ったそうで、そのときの感動が便箋にびっしりと書かれていました。手紙の最後には「先生のお手紙にいつも励まされてきました。本当にありがとうございました」とありました。今はあの頃の笑顔を取り戻し、ご主人の思い出とともに新たな人生をたくましく歩んでいらっしゃいます。
遺された者は、どんなに手厚く看病しても、後悔します。そして、自分が再び幸せを感じることに罪悪感をもちます。
でも、内田さんの言うとおり、旅立った人は遺された人の笑顔がきっといちばん好きだったはず。幸せを願っているはず。ご遺族にこのメッセージを贈り続けることも、命に寄り添うホスピス医として大事な役割だと思うのです。
「あいつ、大丈夫かな」と、自分亡き後の奥様を案じていたあの患者さん。奥様の笑顔を見て、きっと天国で笑っているんじゃないでしょうか。
最期まで気丈に生きた彼もまた、笑顔がとってもすてきな人でした。
取材・文=小林美香(ハルメク編集部)
※この記事は2013年5月号「いきいき」(現・ハルメク)に掲載された内容を再編集しています。
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