在宅ホスピス医・内藤いづみのいのちのはなし(3)

医師・内藤いづみ「毎日を前向きに生きる大切さ」

雑誌「ハルメク」

いのちに寄り添う在宅ホスピス医、内藤いづみさんのお話は今回で最終回。もう一度、生きているということの意味を見つめ直してみませんか。

在宅ホスピス医 内藤いづみインタビュー
【目次】
  1. “死の専門家”から学んだ生の意味
  2. 「自分に与えられた課題」を見つめなおしてみる
  3. 医師に必要なのは、心をもむ体験
  4. 娘におにぎりを握り続けた40代の女性
  5. 今を大事に生きることが、明日につながる

“死の専門家”から学んだ生の意味

 


「内藤先生にとって『いのち』って何でしょうか」。高校生を前にした講演会の最後で、ある生徒から尋ねられました。

これは難しい問いです。ときどき突然、こういう難しいことを聞かれるのですが、なかなか簡単には答えられません。みなさんだったら、この問いになんと答えるでしょう。

私が尊敬する人物の一人に、精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスがいます。世界で初めて、死にゆく患者さんたちとの対話をまとめた著書『死ぬ瞬間』で知られる彼女は、“死の専門家”といわれていますが、一方で私は“生の専門家”でもあると思っています。

ロスにも、9歳のアメリカ人の男の子・ダギーから私と同じ問いが寄せられました。脳腫瘍で余命わずかと宣告を受けた彼が、「いのちって何ですか? 死ぬってどういうこと?」とロスに手紙を書きました。

わずか9歳の少年です。自分の病気を知ったとき、悲しみ、怒り、恐怖、混乱、いろんな感情がダギーの中に湧き起こったことでしょう。

「人生に偶然はない。今ここに生きていることは、必然なのです」

ロスはダギーに返事を書きました。ダギーは、この手紙を受け取ってから元気を取り戻し、余命宣告から4年後の13歳まで立派に生き抜いたのだそうです。その返事の内容が1冊の絵本『ダギーへの手紙』(佼成出版社刊)になっています。ロスは人間をたんぽぽの種やちょうちょにたとえて、いのちの世界を表現しています。本の中から、返事の一部をご紹介しましょう。

「神さまは、たんぽぽがどこにとばされるかをきめる風をおこしていること。神さまは、たんぽぽの種をたいせつにおもっているのとおなじように、すべてのいきもの とくに、子どもたちをたいせつにおもっているのです。だから、人生にはぐうぜんというものはないのです」

「この世でやらなければいけないことをぜんぶできたら 私たちはからだをぬぎすてることがゆるされるのです。そのからだはまるでさなぎがちょうちょをとじこめているように 私たちのたましいをとじこめているの。そして、ちょうどいい時期がくると私たちはからだからでて自由になれるのです」
 

「自分に与えられた課題」を見つめなおしてみる

人生には偶然はない、とロスは言います。自分が生まれ、今ここにいることは必然であり、今自分が置かれている状況も必然だと。つまり、すべてのことに意味があるというのです。お金持ちの人も、貧しい人も、健康で元気いっぱいの人も、病と闘う人も、みんな今置かれている状況でどう生きているのかを、神様は愛をもって空から見ている。

そして、「正直である」とか「やさしさをもって人と接する」とか、一人ひとりに与えられた課題を全部クリアできたら、この世を“卒業”できて、次のステップに進めるのだと言っています。自分に与えられた課題は何か、それを見つめ直すことで、自分が生きていることの意味が見えてきませんか。

私が医師という道を選んだのも、必然だったのかもしれません。私が医師になると決心したのは、中学3年生のとき。父に決意を伝えると、ひと言こう言われました。

「至難の道を選んだね」

教師で、先進的な男女平等観をもった政治家を目指していた父。だから、地位や経済的安定のためではなく、誠心誠意をこめて患者さんのいのちに寄り添うための医師になることは、簡単ではないとわかっていたのだと思います。「いばらの道だよ、至難の道だよ」と。

医師に必要なのは、心をもむ体験

私の患者さんの中に、大学病院でがんの告知を受けたとき、あまりのショックに呆然としていると、担当医がいらついて「死」という文字を丸で囲み、ぐるぐると何重にもなぞったと、泣いて訴えてきた人がいます。この医師が見ているのは、患者さんの臓器でしかない。

大事なのは「他者の悲しみや苦しみに共感できること」です。そのためには、人とかかわる中でさまざまな感情にぶつかり、泣いたり笑ったり苦しんだり、心をもむ体験が必要だと思っています。

父は私が16歳のときに亡くなりましたが、もしも父に会えるのなら、今“至難の道”を歩んでいることにまったく後悔はないと伝えたいです。自分の仕事ほどやりがいを感じ、多くを学び、感動をいただくことのできる仕事はないと思うからです。

私が患者さんと接している中で思うのは、生まれたときに与えられたいのちや魂のエネルギーは、死ぬまで減らないということです。年老いても、物理的に肉体が衰えているだけで、内面ではいのちの炎がめらめらと燃え盛っています。最期の一息まで生きたいという力に、私たちは生かされているということを、私もたくさんの患者さんたちから教わりました。

娘におにぎりを握り続けた40代の女性


その中の一人が、40代のスキルス性胃がんの女性。高校生の娘さんのそばにできるだけ長くいたいと、残りの時間を自宅で過ごすことを選びました。女性は、点滴で栄養を取る毎日。これまでと変わらず、娘さんのお弁当を作ることを日課としていましたが、だんだんとお弁当作りに時間がかかるようになり、ついにニンジンに包丁を入れるだけでやっと、という状態になりました。

しばらくして、私は娘さんに「お弁当はどうしているの?」と聞くと「夜、私がお米をといでおくと、朝お母さんがおむすびを握ってくれます。だけど私、もったいなくてそれを食べられない。だって、もしこれが最後のお母さんのおむすびになったらどうしようって思ってしまって」と話してくれました。

しかし、娘におむすびを握ることが生きがいになったのか、病状は小康状態を保ち、娘さんが大学に進学するまでをしっかりと見届けて亡くなられました。

「娘のお弁当を作り続けたい」「母の味を少しでも長く食べさせてあげたい」。その思いが、彼女の生きる力になったのです。

今を大事に生きることが、明日につながる

末期の食道がんの80代の男性は、冬のある日、「せんせ、チューリップの球根を植えてえんだ」と訴えてきました。吐血もしていて「どうぞ」と言えるような状態では決してなかったのですが、今植えないと4月になって孫やひ孫が遊びにきたときに庭が寂しい、と言うのです。

男性が花の咲く頃に、生きているかもわかりません。でも今やりたいことをぜひやらせてあげたい。そう思って、私は許可を出しました。

北風の冷たい日でした。吐血したときに備えて洗面器を持ったご家族が見守る中、男性は、ごつごつした大きな手で、球根を一つずつゆっくりと、愛おしそうに植えていきました。

それから1か月後、ほぼ寝たきりになっていましたが、「もう1回庭を見てえ」と言って、私たちが支えながら庭へ出ました。そして、男性は庭を見渡して深くうなずき、「春になったらチューリップが咲くなあ」とにっこりされました。亡くなる2日前のことでした。
 


告別式の日、娘さんが一枚の広告を手渡してくれました。「おじいちゃんが書いた日記です。枕の下にありました。字を書くのもやっとだったのに」と。

裏を見ると、鉛筆で「今日はいい日だ。明日も前向きにいこう」と、走り書きされていました。

男性は最期まで残されたいのちの炎を燃やし続けました。「明日も前向きにいこう」。人生の締めくくりにそう思えるなんて、なんてかっこいいんでしょう。庭を眺めたあの日、満開に咲いたチューリップの周りで遊ぶ孫やひ孫たちの姿が、男性には見えていたのかも知れません。

今を大事に生きることで、明日につながる。たとえ、残りの日々が限られていたとしても、今日生きていることは、明日も生きたいという希望がもてるということなんだと、一枚の広告の裏紙から伝わってきました。
 
冒頭、高校生に「いのちとは何か」を問われた話をしました。私はそのときこう答えたんです。「与えられた寿命の中で、人を愛すること。自分がひとりではできないことを学ぶこと。この世での宿題を果たすために学ぶこと。それが、私にとってのいのちの意味です」

在宅ホスピス医になって30年。目の前にいる人と共に笑い、泣き、怒り、懸命に生き、私のいのちの旅はまだまだ続きます。

今日を大事に。そして、明日という日がいい日になるように。

さあ、前向きにいきましょう。
 

撮影=中西裕人

内藤いづみ(ないとう・いづみ)さん
1956(昭和31)年、山梨県生まれ。福島県立医大卒業。東京女子医大勤務などを経て、81年、英国のプリンス・オブ・ウェールズ・ホスピスで研修を受ける。95年、甲府市で「ふじ内科クリニック」を開設。主な著書に『あなたを家で看取りたい』(ビジネス社刊)など。

取材・文=小林美香(編集部)

※この記事は2013年7月号「いきいき」(現・ハルメク)に掲載された内容を再編集しています。


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