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モデル前田典子!連載「マエノリごと」49
【マエノリごと】朝6時の浅草へ!浅草寺の鐘と夏詣、うなぎを楽しむ夏の朝活
前田典子の「マエノリごと」第49回。隅田川花火大会を楽しみ、OMO3浅草に宿泊。翌朝は浅草寺の「時の鐘」から始まり、浅草神社の夏詣、仲見世、雷門を散策。土用の丑の日のうなぎまで、夏の浅草を満喫したショートトリップを紹介します。
INDEX
猛暑の夏こそ、早起きして浅草さんぽへ
猛暑が続く日本の夏。日中の外出はつい控えたくなりますが、早朝はまだ人通りが少なく、街をゆっくり歩ける貴重な時間です。
もちろん朝から気温が高い日もあるので、水分補給や日差し対策は欠かせません。それでも、昼間とは少し違う澄んだ空気の中を歩くと、気持ちまでスッキリします。
今回は、前夜の隅田川花火大会から一夜明けた浅草で、朝活を楽しんできました。
花火の余韻に浸りながら「OMO3浅草」に宿泊
2026年7月25日は、第49回隅田川花火大会。
夏の夜空を彩る花火を鑑賞した後は、浅草にある「OMO3浅草 by 星野リゾート」に宿泊しました。浅草寺まで徒歩約1分という、浅草観光にはとても便利なホテルです。
客室からは浅草寺と東京スカイツリーを眺めることができ、まさに浅草らしい景色!
ホテルの最上階にある「OMOベース」からも、歴史ある浅草寺と現代的な東京スカイツリーを一望できます。朝、昼、夜で表情を変える浅草の街を、ホテルにいながら楽しめるのも魅力です。
朝6時、浅草寺の「時の鐘」に耳を澄ませて
翌朝は5時過ぎに起床。朝6時になると、浅草寺の境内にある「時の鐘」が鳴り始めました。
この鐘があるのは、本堂の南東に位置する弁天山。元禄5年(1692年)に、五代将軍・徳川綱吉の命によって改鋳されたと伝わる歴史ある鐘です。
江戸時代には、町の人々に時刻を知らせた鐘の一つだったそう。現在も毎朝6時になると、浅草寺の役僧によって撞かれています。
最上階のOMOベースから、浅草の街に響く鐘の音を聴く……。
いつもならまだ眠っている時間ですが、この日ばかりは早起きしてよかった!と思える、清々しい朝の始まりでした。
鐘の余韻を感じながら、私も“明けの浅草さんぽ”へ出発です。
浅草神社で、一年の後半の無事を願う「夏詣」

最初に向かったのは、浅草寺のすぐ隣にある浅草神社。
この日は「夏詣」にお参りしました。
夏詣とは、6月30日の「夏越の大祓」で半年間の罪や穢れを祓い清め、過ぎた半年の無事に感謝するとともに、これからの半年の平穏を願って、7月1日以降に神社やお寺を参拝するもの。
実はこの夏詣は、2014年に浅草神社から提唱され、現在では全国の神社仏閣へと広がっているそうです。
新しい年の始まりに初詣をするように、年の折り返し地点でもう一度、自分の心と暮らしを整える。
そう考えると、夏詣は大人の私たちにとっても、いい節目になりそうです。
早朝の境内は静かで、人影もまばら。にぎやかなお祭りの日とはまた違う、穏やかな浅草神社にお参りすることができました。
読経の声が響く、朝の浅草寺本堂へ

続いて向かったのは、浅草寺の本堂です。
夏季の本堂は午前6時に開堂します。私が訪れたときには、朝の読経の声が境内に響いていました。
観光客でにぎわう昼間の浅草寺とは、まったく違う空気。
お経の声を聞きながら静かに手を合わせていると、心の中まで整っていくようです。
浅草寺は、約1400年の歴史を持つ観音霊場。
関東大震災では仲見世が全焼したものの、本堂をはじめとする主要な建物は火災を免れ、多くの人が境内へ避難したと伝えられています。
しかし、1945年3月10日の東京大空襲では本堂が焼失。その後、多くの信徒の協力によって再建が進められ、現在の本堂は1958年に完成しました。
大きな災害や戦災を乗り越え、人々の力によって何度も守られてきた浅草寺。その歴史を知ると、目の前の景色が少し違って見えてきます。
本堂の大提灯に書かれた「志ん橋」の文字
本堂の正面に掛かっている大きな提灯には、「志ん橋」と書かれています。
浅草なのに、なぜ「新橋」?
気になって調べてみると、この大提灯は、東京の新橋花柳界を支える料亭や茶屋、芸者置屋で構成された「東京新橋組合」が奉納したもの。
東京大空襲で焼失した本堂が再建された1958年から、大提灯の奉納が続けられているそうです。
2020年に奉納された大提灯には、料亭8軒、茶屋3軒、芸者46人の名前も記されています。高さ約4.5m、幅約3.5m、重さは約600kgもあるというから驚きです。
何気なく見上げていた提灯にも、浅草と新橋の街の歴史や、人々の思いが込められているのですね。
知れば知るほど、浅草さんぽが楽しくなります。
宝蔵門と五重塔も、人の少ない朝ならゆっくり

本堂を出た後は、宝蔵門と五重塔を眺めながら境内を歩きます。
現在の五重塔は、東京大空襲で焼失した後、1973年に再建されたもの。高さは地上から約53mあり、最上層にはスリランカから迎えた仏舎利が納められています。
昼間は多くの参拝客でにぎわう場所ですが、朝は立ち止まって建物の細部まで眺められるほど静か。
朱色の建物が朝の光を受けて、より鮮やかに見えました。
閉まったシャッターも見どころ!早朝の仲見世通り
雷門から宝蔵門まで続く仲見世通りは、長さ約250m。
参道の両側に朱塗りの店舗が並ぶ、日本で最も古い商店街の一つです。仲見世の始まりは江戸時代前期、1685年頃までさかのぼるといわれています。
早朝はまだほとんどのお店のシャッターが下りていますが、実は閉店中ならではの楽しみも。
シャッターには、祭りや風景など、浅草にまつわる絵が描かれているのです。にぎやかな営業時間中は見られない「浅草絵巻」を眺めながら歩けるのも、朝さんぽならでは。
一枚ずつ絵を見ていくと、浅草の街を小さな美術館のように楽しめます。

仲見世を歩いていると……あっ、「前田商店」を見つけました!同じ“前田”ということで、うれしくなって記念にパチリ。
前田商店は、雷おこしや人形焼、海苔、煎餅など、浅草らしいお土産を扱うお店です。
この日のシャッターに描かれていたのは、隅田川の花火。
前夜に見たばかりの花火がここにも描かれていて、勝手ながらご縁を感じてしまいました。
人の少ない雷門は、絶好の撮影タイム

そして、浅草のシンボルといえば、やっぱり雷門!正式には「風雷神門」といい、門の左右には風神像と雷神像が安置されています。
日中は記念撮影をする人でいっぱいですが、早朝なら大提灯の前でも落ち着いて写真が撮れます。
人の少ない雷門を独り占めしているような気分!
浅草らしい一枚を撮りたい人には、朝の時間がおすすめです。
土用の丑の日は「にょろ助 東南屋 浅草」でうなぎランチ

浅草の名物といえば、天ぷら、お寿司、うなぎ、おそばなど、食べたいものがたくさんあります。
そして、この日はちょうど2026年の「土用の丑の日」。
朝から歩いた後のランチは、うなぎに決定です!
訪れたのは、浅草駅近くにある「にょろ助 東南屋 浅草」。
「東南屋」と書いて「たつみや」と読みます。お店が浅草寺の東南に位置することが、屋号の由来なのだそう。以前は「たつみ屋」の店名でも知られていましたが、現在の正式な店舗名は「にょろ助 東南屋 浅草」です。
運ばれてきたうなぎは、ボリューム満点!
歩いた後のおなかに、しっかりエネルギーをチャージできました。
土用の丑の日にうなぎをいただいて、夏を乗り切る準備も万全です。
早朝だから出会えた、いつもと違う浅草
花火大会のにぎわいから一夜明けた、朝の浅草。
鐘の音を聞き、夏詣をして、読経が響く浅草寺を歩く。仲見世のシャッター絵を眺めたり、人の少ない雷門で写真を撮ったり。
いつも知っている浅草なのに、訪れる時間を変えるだけで、まるで別の街のように感じられました。
暑い夏は、涼しい部屋で過ごすのもいいけれど、少しだけ早起きをして出掛けてみるのも楽しいもの。
人の少ない朝の街を歩くと、体だけでなく心まで軽くなります。
最後はうなぎで元気もチャージ!
浅草の歴史と夏らしさをたっぷり味わった、マエノリの朝活でした。
マエノリ
文・写真=前田典子 編集=鳥居史(ハルメクアップ編集部)
※本連載「マエノリごと」は、毎月月初に更新予定。お楽しみに!
前田典子(マエノリ)
1965年、大阪府出身。19歳でモデルデビュー、21歳で上京し、女性ファッション誌を中心に活躍。32歳のときに結婚、2年後に長男出産。その後も長年にわたって雑誌の表紙モデルを務めるほか、テレビ番組出演、通販でのオリジナルブランド展開などで、常に大きな注目を集め続けてきました。現在もそのエイジレスな健康美と抜群のスタイルを生かし、多方面で大活躍中です!愛称は「マエノリ」さん。
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