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- 中野量太監督、合言葉は「最新の認知症映画を作ろう」
5月31日公開の映画『長いお別れ』。『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督の最新作です。認知症で記憶を失っていく父との、お別れまでの7年間。笑って泣いて、前に進んでいく家族たちの物語を描いています。中野監督のインタビューをお届けします。
観る者の琴線と涙腺を大いに揺さぶる映画『長いお別れ』
宮沢りえ主演の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)で、日本アカデミー賞ほか国内映画賞34部門を受賞した中野監督が放つ最新作は、直木賞作家・中島京子の同名小説を映画化した『長いお別れ』(2019年5月31日公開)。本作は、認知症になった厳格な父と、妻、娘、孫たち家族が織りなす悲喜こもごもの日々を紡ぎ上げた、味わい深い人間ドラマです。
母・曜子(松原智恵子)から、父・昇平(山崎努※)の70歳の誕生パーティーに誘われ、実家に帰ってきた長女・麻里(竹内結子)と次女・芙美(蒼井優)。麻里は夫と息子とアメリカに住んでいて、芙美はスーパーで働きつつ、カフェ経営の夢を追いかけているようです。そんな中、母の口から、父が認知症になったことを告げられます。
(※山崎努さんの「崎」は、正式には「たつさき」となります)
家族を演じるのは、蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努という、日本映画界が誇る実力派俳優陣。少しずつ記憶を失っていく昇平に戸惑いながらも、時には笑ったり、大粒の涙を流したりしつつ、家族は前へと進んでいきます。
認知症は、少しずつ記憶をなくして、ゆっくり遠ざかっていく様子からアメリカでは「Long Goodbye(長いお別れ)」とも表現される病気です。『長いお別れ』というタイトルどおり、家族が改めて昇平と向き合う大切な7年間の道のりがつづられていて、観る者の琴線と涙腺を大いに揺さぶります。この珠玉の一作を手がけた中野監督に、本作の制作秘話を伺いました。
「細部まで描かなくても、介護の苦労を想像させればいい」
前作『湯を沸かすほどの熱い愛』はオリジナル脚本でしたが、今回は中野監督が中島京子さんの原作小説に惚れ込み、脚本化されました。
――原作小説のどういう点に惹かれましたか?
中島さんの小説の描き方が、僕が家族を描くときの切り口と似ていたんです。『湯を沸かすほどの熱い愛』もそうでしたが、現状が厳しい中でも、家族が一生懸命協力し合っている姿が、時に笑っちゃったり愛おしかったりするんです。中島さんの小説でも、お父さんは認知症という厳しい状況です。でも、周りの家族たちが懸命に動く姿に何回も笑ったし、泣いてしまいました。認知症をこの切り口で、描くことが今必要なことだと思ったんです。
――まさに「認知症」という題材は、今の時代にマッチしたものだと思いますが、中野監督は映画を作る上で、時代性ということは毎回意識されていますか?
そこは常に意識しています。今撮らなきゃいけないものを撮れたら、幸せだと思っていますし。なかなか難しいところですが、認知症という題材はまさにそうでした。多分今後、関わらない人はいない時代になる認知症というものについて、どういうふうに接したらいいのかを描くことは、絶対に必要だと感じたからです。
劇中の東家でも、俳優チームの中でも、大黒柱となったのが、いぶし銀俳優・山崎努さんです。
――今回、山崎さんにもしっかりと演出をされたそうですが、実際に山崎さんとやりとりされた印象を聞かせてください。
山崎さんは、僕のことをとても信頼してくださって、本当にうれしかったです。撮影に入る前にきちんとお話をさせてもらって、関係性を作れたので、現場で遠慮なんて一切しなかったです。山崎さんが僕の演出を信じて受け入れてくださいました。
――介護の大変さをどこまで具体的に描くかというさじ加減で、心がけたこととは?
介護のリアルな部分は入れたいと思っていました。ただ、その苦労だけを描くことが今回の映画の狙いではないので、そこは想像させるような作りにしたかったんです。それでも「介護なんてもっと苦しいのに。こんなに甘っちょろくない」という意見も出てくるとは思っていますが。
――中でも、網膜剥離で入院した母に代わって、父の介護のために実家に帰った芙美が、父親の排便の粗相を目にするシーンは、かなりインパクトがありました。
他にも、訪問入浴で、裸になるというシーンも脚本には書いていたのですが、描きすぎると説明くさくなるので、ここはもう、思い切ってそれ一発でいこうと決めました(笑)。
排便の問題は絶対に避けては通れないので、そこは逃げたくなかったんです。引きの画だけど、ちゃんと見せようと思いました。山崎さんも「わかった」と言ってくださったので、たっぷりとお尻に味噌を塗りました(笑)。
――他にも、認知症を描くうえで、気を付けたことはありますか?
僕たちは、認知症の方の実際の気持ちはわからないから、そこは描かなかったというか、妄想で描くのは、逆に失礼だと思いました。ただし、一か所だけ、お父さんの主観を入れた部分があります。それは、僕の作家としての希望として入れたエピソードです。
――どのシーンなのかは、映画を見てのお楽しみですね。
「記憶を失っても、心は失わない」
認知症の父親に対し、いろいろな思いを胸に接していく妻、娘、孫たちの心の揺れが、丹念に紡がれた本作。そのドラマの積み重ねにより、やがて父親を軸とした家族の大きな絆が浮かび上がっていきます。
――蒼井優さん、竹内結子さんはもちろん、母・曜子役の松原智恵子さんがとても可憐ですが、どのように演出されたのですか?
脚本では、もっと飄々とした母親像でしたが、松原さんにお会いして、演技プランを変更したんです。松原さんは本当にかわいらしい人で、現場でもお母さんというよりは、三姉妹の末っ子のようでした。
――常に優しい人柄で、認知症の夫の介護に文句1つ言わずにこなしていく曜子が、昇平の延命治療について娘たちと話し合うくだりで、初めて感情を爆発させるシーンに心を打たれました。
お母さんがあそこまでズバッとものを言うのはあのシーンだけです。そこは狙い通りでした。
確かに同シーンでは、最愛の家族の生死にまつわる決断を下すことがいかに困難なことかを、目の当たりにさせられます。
――「痴呆症」「ボケ」と呼ばれてきた認知症は、まだまだネガティブなイメージや偏見が残っている病といえるでしょう。今回、本作を撮ったことで、認知症に対して新しい発見はありましたか?
認知症に対して、考え方が変わりました。それを教えてくださったのが医師や(原作者の)中島さんです。昔は、家族の記憶がなくなっていくことがただ苦しくて悲しい、というイメージでしたが、本当はそうじゃないんだなと。認知症は病気の症状なので、妻や娘の名前を忘れても当たり前。でも、名前は忘れたとしても、自分が大切に思っている人のことは忘れてはいないものだそうです。
認知症は記憶を失っても心は失わない。記憶はないけれど、心が消えていないから全部愛おしい。だから、目の前の人が娘だとわからなくなっても、その人が悲しそうだったらお父さんは助けたいと思って行動するんですよね。
――ハルメク世代である50代というと、介護がリアルになっていく年齢です。読者へのメッセージをいただけますか?
認知症は記憶を失っても、心は失わない。そこをなんとか伝えられたらと思って、この映画を撮りました。今回、僕たちの合言葉は「最新の認知症映画を作ろう」だったんです。介護、認知症と聞くだけで、つらい、触れたくない、と思う人もいるかもしれません。でもこの映画は笑えます。そして観終わったあと『ああ、良かった』と少し前向きな気持ちにもなると思うので、安心して観に来てください。
『長いお別れ』
監督:中野量太 出演:蒼井優 竹内結子 松原智恵子 山崎努 北村有起哉 中村倫也 杉田雷麟 蒲田優惟人
脚本:中野量太 大野敏哉 原作:中島京子『長いお別れ』(文春文庫刊)主題歌:優河「めぐる」
企画:アスミック・エース Hara Office 配給・制作:アスミック・エース
©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋
公式サイト:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/
5月31日(金) 全国ロードショー
撮影・取材・文=山崎伸子
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