公開日:2019/12/25

0

素朴な疑問

上野動物園の「パンダフィーバー」はいつ始まったの?

上野動物園の「パンダフィーバー」はいつ始まったの?

 

こんにちは! 好奇心と食欲旺盛な50代主婦、ハルメク子です。

 

先日、とある美術展を見に行こうと久しぶりに上野へ行ったんですが、街中どこもかしこもパンダ、パンダ、パンダ! 数年前に上野動物園にパンダの赤ちゃんが誕生したことはニュースで知っていましたが、いまだにパンダってこんなに人気なんですね。ちょっとビックリ。

 

ワタシも小さい頃に両親に連れられて、上野動物園にパンダを見に行ったわね……(遠い目)。確かに昔から「上野といえばパンダ」というイメージはありますが、今は他の動物園にもパンダがいるはず。どうして上野だけこんなにパンダフィーバーが続いているんでしょう? 気になるので早速調べてみました。

 

そもそも日本に初めてジャイアントパンダがやってきたのは、1972(昭和47)年のこと。第2次世界大戦後、中国と日本は長らく一進一退の緊迫した外交が続いていましたが、田中角栄首相時代にようやく日中関係が正常化。その日中国交正常化のシンボルとして日本にやってくることになったのが、パンダのランランとカンカンでした。

 

世界的に珍しい絶滅危惧種のパンダを相手国にプレゼントすることで、国同士のつながりを強めようという中国の狙いがあったようですが、そんな政治の駆け引きをよそに、パンダの行き先が東京都恩賜上野動物園に決まると、「パンダが上野にやってくる!」と日本中が大騒ぎに。これがパンダフィーバーの始まりでした。

 

ワタシの同世代なら、当時のことを覚えていらっしゃる方は多いんじゃないかと思いますが、ランラン、カンカンの愛くるしい姿をひと目見ようと、初公開された1972(昭和47)年11月5日は約6万人が上野動物園に来場。「3時間並んで見るのは30秒」というすさまじい混雑ぶりが話題になりました。2年後の1974(昭和49)年には、年間来場者数が史上最高の約764万人に達するほどの大ブームとなりました。

 

その後もフェイフェイやホアンホアン、トントンなど、新しいパンダが来るたび上野動物園に人がドッと押し寄せ、パンダは西郷隆盛像、アメ横と並ぶ上野のシンボルとして不動の地位を獲得することになったのです。

 

ところが、2008(平成20)年にリンリンが亡くなると、1972年のパンダ来日以来初めて「パンダ不在」の状態になってしまいました。一時は60年ぶりに上野動物園の年間来場者数が300万人を割り込むなど深刻な事態になりましたが、2011年(平成23年)2月にリーリーとシンシンが来日すると、朝から3000人が長蛇の列を作るなど、再び上野に活気が戻りました。東日本大震災が起きた年でしたから、愛くるしいパンダの姿に、どれだけの人が元気をもらったことでしょう。

 

現在はリーリーとシンシンの子どもとして、2017(平成29)年に園内で生まれたメスのシャンシャンが大人気です。いまだに平日でも20~30分待ちは当たり前。シャンシャンが東京都に及ぼす経済効果は年間200億円以上といいますから、すごいですね! 子どもが大きくなってからは動物園から足が遠のいていたけれど、今度の休日はシャンシャンに会いに上野へ行こうかな!

 

 

■人気記事はこちら!

 


 

参照:iRONNA なぜ「パンダフィーバー」は上野動物園でしか起きないのか

   UENO-PANDA.JP

   エキサイトニュース 日本人はなぜパンダが大好きなのか・・・「かわいさ」と「行列」が要因らしい=中国メディア

   毎日新聞 シャンシャン1歳 経済効果沸く上野 でも来年お別れ?

   読売新聞 空白期経て 2頭来日…東京新パンダ物語(中)

   日本経済新聞 パンダは入園者数増加の起爆剤になるか

上野といえばパンダ、アメ横、西郷どん。パンダもいいけどアメ横でお買い物も最高に楽しいわよね♪
上野といえばパンダ、アメ横、西郷どん。
パンダもいいけどアメ横でお買い物も最高に楽しいわよね♪

 

イラスト:飛田冬子

 


この記事をマイページに保存

\この記事をみんなに伝えよう/

ページ先頭へ