沈まぬ太陽

2020年06月18日

もう一度読み直して感じることがある

私の新型コロナ対策。大作『沈まぬ太陽』を読んで

普段は、茶道とストレッチが趣味の上野さん。外出自粛中に、長編小説をじっくりと読書することに挑戦しました。上野さんが臨場感たっぷりに『沈まぬ太陽』を紹介します。

そうだ、大作を読もう

家にいる生活も長くなりました。そこで読書をしようと思いました。以前、図書館で知り合いとばったり会ったときに、こんな会話をしました。

私 「軽くて読みやすい本ばかり読んでいるわ」

知り合いの方「私は厚くて重い本が好き」

その言葉を思い出し、私も少し大作に挑戦しようと思いました。でも、図書館は休みです。我が家の本棚を眺めたら、山崎豊子作『沈まぬ太陽』1~5巻が並んでいました。以前読んだのですが、もう一度読むことにしました。

 

主人公の恩知 元に引き込まれる

この物語の主人公は恩知 元(おんち・はじめ)といいます。正義感が強く、男らしく、読めば読むほど心を惹かれていきます。

恩知は巨大な航空会社で無理やり組合の委員長にさせられてしまいます。1961(昭和36)年、その華やかな航空会社の裏側に渦巻く、野望の世界。そして恩知は、危険な現場で不当な扱いを受けている組合員のために会社と戦うことになるのです。

最前線で旅客機に携わり、空の安全のために懸命に働いている整備士らの過酷な労働条件、三交代のシフト制、残業に次ぐ残業などの待遇格差などを会社に要求し戦いました。しかし、赤のレッテルを貼られ、混沌のパキスタン・カラチから、砂漠の町テヘラン、地の果てアフリカへと10年も赴任させられてしまいました。まさに流刑、江戸時代の流罪のようなものです。

 

恩知のアフリカでの生活とは

アフリカのナイロビの営業所で日本人は恩知ただ一人です。言葉も通じない場所で新路線の開拓が仕事でした。

国情は不安で気候は厳しく夜になると急激に温度が下がります。漆黒の闇に包まれ、夜空に南十字星がまたたいています。不意にギャ―ギャーと絞殺されるような鳴き声が聞こえる。樹の上のヒヒが下からヒョウに威嚇され恐れおののく声でした。他にもハイエナなどの唸り声が聞こえます。

こんな地の果てで恩知は10年も暮らすのです。次第に恩知の心は乾き切り、人間らしさも失われていきます。

テヘランでは妻子を呼び寄せることもできましたが、ナイロビには一人で赴任し、帰任を待ち続けた母の死にも間に合いませんでした。気丈に家を守った妻・りつ子の姿には頭が下がります。

1974(昭和49)年に組合員たちの要求によって開かれた東京都地方労働委員会の審問で自ら処遇を証言した結果、恩知はついに帰国を果たします。ほっとする場面です。

 

御巣鷹山(おすたかやま)の事故に対応する恩知

皆様もご記憶かと思いますが、1985(昭和60)年8月12日午後7時頃、羽田空港発伊丹空港行き日本航空の定期JAL123便が群馬県御巣鷹の尾根に墜落したという旅客機事故がありました。死者520名という単独機の事故としては史上世界最悪の事故です。

恩知は遺族相談室に配属されます。遺族の方に寄り添いお世話するのです。会社のいう誠心誠意という言葉、事務的にはじき出された補償金の話で人は慰められません。

恩知も遺族らから「人殺し」と罵声を浴びせられます。男やもめになった家では仏壇にお線香をあげるまで10日もかかりました。愛する人を一瞬にして失ったのです。しかも飛行機事故で。補償金で死んだ人は帰りません。残された人の人生も終わってしまうのです。遺族の方々の事情や、遺体確認の地獄の苦しみ、また遺体の修復のことも細かく書いてあります。悲惨さにうなってしまいます。

恩知は遺族の方お一人お一人と向き合い寄り添い、根気よく力を添えていきます。

息子や孫を亡くした老人はお遍路に出ます。その後ろ姿を恩知が見送るところでは、泣けました。恩知にはそれぞれ無念の思いで帰らぬ者となった520名の声が聞こえるのです。そして、遺族の方々を思い浮かべて涙するのです。

 

『沈まぬ太陽』を読んで感じたこと

地球上で最も危険でどう猛な動物は人間である。そんな風にこの本を読んで思いました。

長くなりましたが、人間の愚かさをえぐりだし、組織の中で野心に溺れていく男たちの様子がよく描かれています。恩知はいかなる差別や処遇にも屈せず、まっすぐに生きた男です。心から拍手します。恩知は言います。「アフリカの大自然の営みの中にひざまずいて、教えを乞うた」と。

ただ、山崎豊子さんは、いつも主人公を楽にしません。あまりハッピ-エンドではないんです。ご興味をもたれましたら皆様もご一読ください。

固い話ばかりでしたので、最後に我が家に咲いたウツギの花の写真を添えて終わりとします。

ウツギの花

上野 洋子
上野 洋子

ママさんバレ-をしていた私が、30代半ばに「静」のイメ-ジにひかれ、近くの公共の施設の教室で気楽に茶道を始めました。お菓子を食べお茶を飲む、これなら宿題はないかな、こんな動機でした。しかし始めてみると奥深く厳しいものでした。茶道を通して学んだこと、良い先生・仲間のことなどを中心にご紹介していきます。

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