法医解剖医が警鐘!今、女性の死が男性化している!?
2020.02.032020年01月16日
三つ子の虐待死事件、どう考えますか?
増える双子、三つ子。母親を孤立させてはいけない
不妊治療の普及などを背景に、双子や三つ子などの「多胎児」を育てる家庭が増えています。多胎児となると育児の負担はさらに大きく、多胎児家庭の虐待死リスクは2.5~4倍といわれます。虐待予防の観点からも、手厚いサポートを求める声が高まっています。
3人あわせて1日に24回の授乳
多胎児育児の過酷さは、かねてより指摘されてきました。再注目されるきっかけとなったのは、2018年1月に三つ子を育てる母親が起こした暴行死事件でした。
この事件は愛知県豊田市で起きました。不妊治療で授かった三つ子を育てる母親(当時30歳)が育児困難に陥り、三人の中でも成長が遅かった次男(当時11か月)を畳に投げ落とし、死なせてしまいました。
裁判では、母親は1日に3人合わせて最低でも24回の授乳を行っており、寝る暇もほとんどなかった壮絶な育児が明らかになりました。新聞報道によると、実家を頼ろうにも母親の両親は飲食店を経営しており、全面的には頼れませんでした。また、夫も半年間の育児休業を取得しましたが、おむつ換えに失敗したり、上手にあやすことができなかったりしたため、母親は次第に夫を頼らなくなったといいます。母親は、自宅を訪問した保健師に育児の困難を相談。しかし困難は解消されずにうつ病を発症しました。弁護側は「(被告は)行政や病院に不安を訴えたのに、適切な支援がなされず、追い込まれた」と、母親が事件に至る社会的背景に理解を求めました。
(2019年3月20日・朝日新聞夕刊「三つ子育児、追い込まれた母 たたきつけた次男死亡、実刑判決 弁護側は控訴方針」より)
二審で母親の実刑判決(懲役3年6か月)は確定。しかし多胎児の育児を支援する団体などからは「母親だけの責任ではない」「実刑判決は厳しすぎる」などと、母親の過酷すぎる育児に思いを寄せる声が上がりました。
「事件は、他人事ではない」双子を育てる母親の声
「この事件を聞いたとき、私も疲労がたまっていたので、他人事ではないと思いました」と話すのは、現在、1歳の双子の男の子を育てる会社員の吉川弘美さん(仮名、29歳)です。
弘美さんによると、双子育児の過酷さは、単純に「育児の大変さが2倍になる」という言葉では語ることはできないといいます。特に精神的なイライラが募るのは、食事のときと、ぐずったとき。1人の子どもの行為によって疲弊させられていたところに、もう1人が畳み掛けてくることはしょっちゅう。また同時にぐずり、思考停止に陥る状態が、何度も繰り返されるのが双子育児の特徴だといいます。
「この前は、食事中に1人がわざと落としたスプーンを拾おうとかがんだら、もう1人が私の頭上にごはんを放り投げてきました。さらに2人とも『自分で食べたい!』と主張したので食器を渡したら、あっという間にすべてひっくり返してぐちゃぐちゃにしてしまいました。このときは疲れていたので……。もう泣くしかありませんでした」(弘美さん)
3~4割が「子どもを虐待しているかもしれない」
2018年度「小さく産まれた赤ちゃんへの保健指導のあり方に関する調査」研究会の資料によると、多胎児の分娩件数は、2017年には約9,900件。低体重児が多い(2017年は71.65%)ことや、同時に2人以上の妊娠・出産・育児をすることに伴う諸課題が指摘されています。
2018年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「小さく産まれた赤ちゃんへの保健指導のあり方に関する調査」研究会「多胎児支援のポイント ふたご・みつご等の赤ちゃんの地域支援」、「一般社団法人 日本多胎支援協会」の調査では、「睡眠不足」(44%)、「全身疲労」(42%)、「精神的疲労」(43%)、「経済的問題」(43%)、「外出できない」(37%)などの具体的な育児困難が挙げられました。また、子どもの年齢にかかわらず、多胎児を持つ親の 3~4 割が「子どもを虐待しているかもしれない」と感じていることもわかりました。これは、一般の育児よりも 2倍高い割合でした。具体的な行為としては、「感情的な言葉」(81%)、「たたくなど」(52%)などが挙がりました。
下記グラフは、「子どもを虐待しているのではないかと思うことがありますか?」という質問に「はい」と回答した人の割合です。赤いグラフが、就学前の多胎児を養育する家庭の育児状況を表しています。
バスへの乗車を拒否される
「外出できない」という問題は、多胎児育児の家庭にとっては深刻な悩みです。特に自家用車で移動する習慣がない都市部では、母親が一人で双子・三つ子用の大きい重いベビーカーを押して公共交通機関を乗りこなすのは至難の業。しかも新聞報道によれば、バスに乗車を拒否されたり、乗客から「邪魔だ」と言われたりするケースもあるといいます。
(2019年12月15日・朝日新聞朝刊「双子ベビーカー 遠のく外出」より)
弘美さんも、平日の外出が大変すぎるために「一人で双子を連れて公共交通機関やお店(スーパー・コンビニ以外)を利用することは、ほとんどない」と話します。
自宅に来てもらえるベビーシッターが頼り
育児に疲れたときに、子どもを一時的に預かってくれる行政サポートサービスとして、「ファミリー・サポート・センター」があります。しかし、2018年度「全国ファミリー・サポート・センター活動実態調査結果」によると、「複数の子どもの預かり」を「制限する」あるいは「実施しない」センターは、全体の約7割にものぼっています。また「乳幼児の預かり」を「制限する」あるいは「実施しない」センターは約半数近くもありました。
また、多胎児へのサポートを実施している「ファミリー・サポート・センター」の場合でも、サービスを利用するためには事前に、2人以上の子どもを連れて説明会などに参加しなければならなりません。そのため、そもそも多胎児家庭にとっては、登録をしに外出すること自体が大きな壁になってしまっています。
愛知県豊田市の三つ子の次男暴行死事件でも、母親は市の保健師からこのサービスの利用をすすめられたものの、事前の面談に3人の乳児を連れていくことができず、結果的にサービスを利用することができなかったことが裁判では明かされました。
前述の弘美さんも、こう指摘します。「ファミリーサポートは正直、特に低月齢の多胎児家庭にとっては使いづらいサービスだと思うんです。そもそも多胎児家庭は荷物が多いので、連れて行くこと自体が難しい上、体調不良以外では悪天候でもキャンセルできず、私の場合は双子を連れて預かり場所に向かわなければなりません。ですから、ほぼ利用していません」(弘美さん)
代わりに弘美さんが利用するのは、週に1回、自宅に来てもらい、子どもたちの世話をする民間のベビーシッターサービスです。
「シッターさんの金額は小さくないのですが、私の精神衛生上必要な経費ということで、幸いにも夫も理解して了承してくれています。しかしやはり、使いたくても金銭面でハードルが高いご家庭はたくさんあると思います。行政は『一人の時間をつくって』と言いますが、だったら少しでもこういった部分に対して補助があれば、みんなもっと使いやすくなると思います」(弘美さん)
ベビーシッターの協力もあって、弘美さんは現在、「寝顔や笑顔を見る幸せが2倍あることはうれしいこと」と感じる余裕もでてきたといいます。
痛ましい虐待事件をこれ以上繰り返さないためにも、行政は、ベビーシッターやホームヘルプサービスなど、自宅で子どもたちを世話してくれたり、家事を手伝ってくれるような本当の意味で多胎児家庭が使いやすいサポート体制を整える必要がありそうです。
また周囲の人たちも、双子・三つ子を育児中の母親を、温かい姿勢で見守り、時には応援の声を掛けてあげてほしいものです。
■参考資料
- 2018年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「小さく産まれた赤ちゃんへの保健指導のあり方に関する調査」研究会「多胎児支援のポイント ふたご・みつご等の赤ちゃんの地域支援」
- 一般社団法人 日本多胎支援協会「多胎育児家庭の虐待リスクと家庭訪問型支援の効果等に関する調査研究」(2018年3月)
- 一般財団法人「女性労働協会」による2018年度「全国ファミリー・サポート・センター活動実態調査結果」(2017年3月)
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