公開日:2019/11/15
大の鉄道好きなアラフィフマンガ家・文筆家のYASCORN(やすこーん)さんが、食を堪能する鉄道旅の楽しさをご紹介します。今回は6月に乗車した、秩父鉄道の「夜行急行」を振り返ります。昭和ノスタルジックな雰囲気を存分に楽しめるツアーなんです。
今回は、いつもとちょっと内容を変えてお送りする特別編です。2019年6月に、秩父鉄道の「夜行列車」に乗ってきました。
秩父鉄道(秩父本線)は、埼玉県の羽生駅から三峰口駅までを結ぶ路線です。
秩父鉄道では、いまだにSuicaやPASMOなどのICカードが使えません。そのためか、ローカル色が残り、ホームなどあちらこちらに懐かしい雰囲気が漂っています。
とはいえ、さすがにここに夜行列車が走っているわけではありません。日本旅行の企画ツアーで特別に、秩父鉄道での「夜行列車の旅」が再現されたのです。
夜行列車とは、夜に日付をまたいで運転される列車のこと。今回のツアー名は「あの時の感動をふたたび 重連電機・12系客車夜行急行の旅」といいます。「重連電機」「12系客車」はおいおい説明するとして、「夜行急行」は夜行列車とは違うのでしょうか?
「サンライズ出雲・瀬戸」、「ムーンライトながら」は、夜行列車ではありますが、厳密に言うと、夜行急行ではないのです。夜行急行とは、機関車が牽引する客車のボックス席で、夜を過ごす急行列車…というイメージと言ったらよいでしょうか。
実家が地方にある友人は、東京に受験に来る際に乗ったり、年末年始に実家に帰るときに使ったと言います。夜行急行としての定期運行の列車は、2016年3月に廃止された「急行はまなす」が最後でした。
はまなすは、昭和感あふれる、ノスタルジーを感じる列車で、私も大好きでした。
昭和のあの雰囲気を令和に再び、というのが今回の企画です。
夜行列車は、寝ている間に列車が目的地まで運んでくれます。ホテル代が浮く上に、こんな効率がいい移動方法はありません。そういう意味でも当時は人気でしたが、今回は列車に乗ること自体が目的なので、熊谷駅を出発したら最終的に再び熊谷駅に戻ります。
実は、秩父鉄道の羽生駅〜三峰口駅は、ただ乗り通すだけなら2時間15分ほどで到着します。そんな区間を夜通し走るとは? と疑問に思われるかもしれません。今回の行程を説明すると、こうなります。
つまり行ったり来たり、停まったり、降りたり。そんな感じで約7時間半を過ごします。夜行列車が大好きな私としては、列車にはできるだけ長く乗っていたいので、全く苦ではありません。ちゃんと間を持たせるための準備も完璧です。
そして当日、出発駅となる熊谷駅に夜21時頃に到着。
改札開始が21時30分、列車の入線が22時2分、発車するのは22時9分です。入線というのは、列車がホームに入ってくる時間のこと。鉄道の写真を撮りたい場合は、それまでにホームにいないとなりません。
今回のツアーは、ただ列車が懐かしいというだけではなく、至る所にかつての夜行急行の雰囲気を演出していました。
まず、最初に渡されたきっぷが硬券でした。あまり見なくなった、分厚い紙のきっぷです。それをダッチングマシンという器械に通して日付を印字します。きっぷを左から右に通すときに鳴るガッチャン、と鳴る重い音にもノスタルジーを感じました。
ホームに入るとたくさんの人が、臨時急行「三峰51号」を待ち構えていました。一斉にシャッターの音が鳴ります。
客車は「12系客車」と呼ばれる、国鉄時代に夜行急行として使われていた車両です。JRになる前、32年以上も前からたくさんのお客を運んでいたのですね。折戸式の自動ドアがいい感じです。この車両は通常、SL「パレオエクスプレス」で運用されています。
ボックス席は基本4人掛けですが、私は1人で1ボックスを使用。ぜいたくです。ほか、2人で1ボックス、4人で1ボックス、とそれぞれに料金が設定されています。
乗車してすぐに「やすこーん先生ですよね?」と知らない男性に話し掛けられました。なんと私のファンだと言うではありませんか。顔を覚えてもらっていてうれしいです。
酔っぱらう前でよかった。
ピーッと汽笛が鳴り、列車は発車しました。いよいよ旅の始まりです。
何度か書いていますが、私は列車に乗りながら、飲み食いするのが大好きです。ツアーには食事が付いていないので、何を持ち込もうかとワクワクしながら準備してきました。ご覧の通り、ちょっと気合が入りすぎたかもしれません。
熊谷駅コンコースにワインや輸入食品を販売するお店があったので、楽しくなってさらに買い過ぎてしまいました。
そこへ懐かしの車掌バッグを提げた車掌さんが「きっぷ拝見」と回ってきました。ツアー参加者しか乗車していないので、全員きっぷを持っているに決まっていますが、そこも演出。硬券きっぷをハサミでパチン!と入鋏してくれます。そして胸には「そば券・うどん券発売中!」との宣伝。
実は今回、希望者に有料で三峰口駅の立ち食いそば、夜鳴きそばが振る舞われます。時間は2時45分〜3時35分の間。もちろん通常はそんな時間にやっていません。特別にオープンするのです。夜中にそばを食べる背徳感がちらりと頭をかすめるわけもなく、ホイホイとそば券を買いました。
ちなみに車内には洗面所とお手洗いがちゃんとあります。ただし和式です。洗面台はボタンを押すと水が出ます。昔はここで歯を磨いたりしていたのでしょうね。
しばらくして、列車は羽生駅に到着。運行上の都合のため、ここで一度降ります。熊谷駅では入線してすぐ乗車したのでわかりませんでしたが、全体の編成を見ると、先頭に電気機関車、間に12系客車4両、後ろにも電気機関車がありました。夜中に見る夜汽車。窓に灯る明かりに、哀愁がありますね。
再び乗車すると、今度は乗車記念証や特別な車内乗車券などが配られました。
パンチ式の車内乗車券はやはり国鉄時代によく見られたもの。他の紙の乗車券も然りです。手書きの文字や手作業の券に、温かみを感じます。
実は隣のボックス席に、知り合いの鉄道ライターさんが座っていました。旅は道連れ。といってもその方はお酒をほぼ飲まれないので、とりあえず乾杯に付き合っていただきました。
プラスチックカップやクリップスタンドは、張り切って家から持ってきました。夜行急行を目いっぱい楽しむために準備してきたのですが、その方に「夜行急行にはワンカップが似合うのでは」と言われてしまいました。私のは、パーティー仕様すぎたかもしれません……。
通る人とチラチラ目が合うので、また私と気付かれた?と思ったら、ここまで飲食物の持ち込みに力を入れていた人がいなくて珍しがられているだけでした。恥ずかしい。
私の他にいないかと周りを見回し、日本酒などを持ち込んで酒盛りしている若者たちをようやく発見しました。
ちなみにこの若者たち、足元に新聞を敷いています。かつて夜行急行ではそうして床に寝たり、靴を脱いでくつろいだりしていたそうです。そのために新聞紙を持ってきたとのこと。年齢的に、そういった夜行列車に乗ったことがないのでは? と聞くと、本やテレビの知識で知ったり、かつての鉄道研究会の大先輩が教えてくれたりしたそう。そうやって昔の知識も受け継がれていくのですね。
もう0時を回りました。ちらほらと寝始めている人もいます。通常の会社員だったらとっくに休む時間でしょう。漫画家はこういうときに強いのです。
「せっかく乗るのに寝るのはもったいない」
「本来の夜行列車を楽しむなら、やはり寝ないと」
2つの考えがせめぎ合います。
明かりが減っていく夜景を眺めながら、私は一人静かに飲んでいました。
この時間が大好きです。
後編に続きます!
後編はこちら
だから鉄道はおもしろい!秩父鉄道「夜行急行」ツアー
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